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5. 「内なるもの」を変える

断酒会に入って3カ月ほど経った頃のことだ。

聡子は、施設の中庭の木のベンチに座り、ぼんやりと空を眺めていた。

もう何日も化粧も髪の手入れもしていなかった。廃人のような生気の無い目で行き過ぎる雲を追っていた。

これから何を目標に生きていけばいい。私には人に誇れるような特技も何もない。

とりたてて容姿に自信があるわけでもない。

元夫の國男と結婚できたことはむしろ僥倖だったかも知れない。

この先、ただ老いていくだけの人生なのかしら。そんなことを散り散りになった雲を見ながら考えていた。

とその時、背後から、「ここに座ってもよろしいですか」と聡子は声をかけられた。

聡子に声をかけてきた男性は、日焼けした、人の良さそうな紳士だった。年のころは60代前半くらいだ。日本人ばなれした、彫りの深い目鼻立ちの整った顔をしていた。

男性は、今里陵元と名乗った。とても上品な物腰で好感が持てた。

「ええ、どうぞ」

ふいに見知らぬ男性に声をかけられ、何と答えていいか聡子は戸惑った。

「もう、長いんですか」

「3カ月ほどです・・・」

「私も以前ここにお世話になりました」

今里は、遠くの木々を見つめながら昔を懐かしむように目を細めた。30年ほど前、聡子と同じように酒におぼれ、廃人同様になった過去をとつとつと話し始めた。

「仕事がうまくいかなくて。毎日どうやったら楽に死ねるだろうかと、そんなことばかり考えていました」

聡子はこの施設で初めて自分の悩みを打ち明けられる人間に出会えたような気がした。

「今はシンガポールで少しは名前も知られるようになりましたが、僕もあなたと同じようにここにぼんやり座っていたことがあるんですよ。これから一体何をやったらいいんだろうかって」

今里は、仕事で来日し、10日ほど日本にいるといった。美容家で女性をキレイにすることが自分の仕事だと話した。

今里の発する言葉の一つひとつに何か強い力が宿っているかのようだった。一言一言が聡子の胸に響いた。 聡子はただうなずきながら聞いているのが精一杯で何も言葉を返せなかった。

施設のほうで、秘書らしき若い女性が今里を呼んでいた。

それに気がつくと、今里は「また、お会いしましょう」といって立ち上がり、女性に手を振って答えた。

とても感じの良い人だった。もっと話を聞きたかった。今里の後ろ姿を見つめながら、いつかきっとまた会えるという予感が聡子にはした。


聡子は施設に毎日のように出向いた。

もしかしたらまた今里に会えるかも知れないと思ったのだ。

いつもは3日に1回ほどしか来ない聡子を施設の人々は一体どうしたのか、症状がひどくなったのか、と案じた。

聡子は毎日、中庭のベンチに、いつか今里に声をかけられたのと同じ時刻に座った。

今里にまた声をかけられそうな気がした。


         ☆☆☆


その日は雨降りだった。

ベンチに座ることはできないが、もしかしたら今里が旅立ちの挨拶で訪れているかもしれないと思った。

聡子の予感は当たった。今里が受付の小部屋で施設長と雑談しているところにばったり出くわした。

今里も聡子にすぐに気がついた。笑みを浮かべ、会えてよかったという表情をみせた。

聡子が今里に軽く会釈をすると、

「ああ、ちょうどよかった。澤木さん、あなたに見せたいものがあった」

といって、今里は、聡子を玄関ロビーの椅子に誘った。

「これは、僕が手がけた女の子たちです」

今里は胸の内ポケットから小さな革製のアルバムを取り出し、開いて見せた。

そこには、数人の美女に囲まれた笑顔の今里がいた。どの女性もきらびやかで個性的だった。

ファッション誌で見かけるようなモデル達の間で、今里が穏やかな顔でおさまっていた。

聡子は自分とはまるで無縁の世界を垣間見たような気がした。

「この子は整形しているんですけどね」

そういって今里は右端に写っている東洋系の20前後と思われる美少女を指さした。

「整形を・・ですか」

聡子は、整形ということには少しばかり抵抗を感じていた。

確かに20代の頃、キレイになりたいとそのことを真剣に考えたこともあった。

自分は人並み以下の容姿だといつも悲観していた。

しかし、どうしてもそれに踏み切れなかった。

親からもらった身体に傷をつけるのはよくない、という古風な観念があった。

「整形はあくまで手段ですから」

「手段?・・」

「そう、幸せになるためのね」

「・・・・」

「本人が、どうしてもと望むのなら僕はやってあげます。ただ、整形をしてキレイになって、本当に本人が幸せになるかどうかまでみたうえでやります」

整形して幸せになるかどうかみたうえでやる?聡子は今里の言っていることの意味がよく理解できなかった。

「整形した後に、幸せになるか、不幸になるかわかるというんですか?」

「ある程度わかります」

「・・・・」

「整形してキレイになったから誰もがみな幸せになるとは限りません。悪い男と縁ができて運が悪くなることもあります。ただ、キレイになれればそれでもいいという人もいますが、僕がやっていることは少し違います」

「どう、違うのですか」

「キレイになって、幸せになる。つまり整形で運が良くなるというような施術です」

幸せになる整形?運が良くなる整形?そんな整形があったんだ。聡子はそのことを初めて知った。キレイになることは手段、あくまで幸せになることが目的。今里はそういうことをいっている。

「整形なんかしなくても、幸せと感じている人はもうそれでいいんです。内なる意識の問題ですから、幸せというのは。その意識が次第に外側の世界に反映していきます。つまり内側から外側が「形整」されていきます。「整形」は外側から内側を整えるためのものです。この内側をどう整えるかということなのです。この「内なるもの」が常に幸福感で満たされていればそれでいいのです。女性の化粧もヘアーケアも、あるいは脱毛も、ファッションだって、広義の意味の「整形」です。これでキレイになれば「内なるもの」が変わるでしょ。変わったことで、幸福感で満たされるということ。そのことが大事なのです」

「・・・・」

「内側から外側を変えるには、時間がかかります。でも、外側から入ると早いです。整形もこれと同じです」

つまり、「内なるもの」を変えたければ、「外側」から変えていけばたやすい、ということを今里はいっているのだろうか、と聡子は思った。

確かに、ゴミがうず高く積まれ、日中日が差さないような部屋で、日がな酒をのんだくれていれば、心はさらにすさむ。逆に、キレイな明るい部屋であれば、また違うことだろう。

「整形して幸せになるかどうか、どうしてそんなことがわかるんですか」

「その子に宿る気というものの情報を読みます」

「気ですか?」

「そうです。気です。整形して、この子がこの先どんな運命を辿るか、その子の持っている気である程度わかります。占い師が将来を読み取るようにね」

「どんなふうにすれば・・」

「僕がやっているのは、肉体の整形というより、むしろ気の整形です。厳密には心の整形ということになります。ただ、これは神の領域に踏み込むことになりますから、むやみにはできません。許される範囲内でやります」

「・・・・」

「僕は若い頃、気で病気直しをやっていました。病気は気の乱れですからね。つまり、気の整形をやって病気直しをしていたわけですね。結構評判がよくてたくさん人が集まってきました。自分にはこんな力があるんだと調子に乗って片っ端から病気直しをしていました。そうしたら、ある日、なぜか身体が硬直してまったく動けなくなってしまいました。つまり、もう病気治しは止めろということなんですね。病気になるのはいろいろな原因があるわけで、なぜ病気になったのか当人に反省させる機会を神様が与えてくださったわけです。そんな貴重な機会を無視して、かってに病気直しなんかしたら神様も怒りますよね。それで僕はそれ以来病気治しは止めました。というより止めさせられたという感じです。なぜ病気になったか、当人に気づきを与える、ということだけに留めるようにしました。後は、本人が気づいて本人の努力でみずからが改善していくということです。そういう段階まで達した時に、手助けということで僕らが介入するということであれば許されます。本当の名医といわれる人は、病気直しじゃなくて、日常の生活の中で気をつけなきゃいけないことをそれとなく教えてくれる人です」

今里のことを、ただの美容家かと思ったが、想像と全く違っていた。

肉体の整形は気の整形であり、心の整形でもある。

ただ、むやみにはできない。当人がそれで幸せになるかどうか、読み取った上でなければ施術すべきではない。

なにより大事なのは、本人の自覚。そんなことを今里はいっている、と聡子は理解した。

「特殊な人しかできないですね。そういうことは」

「そうです。中々難しいですね。僕らがせいぜいできることといえば、幸せになってください、と願いながら施術することくらいです」
「幸せになってください・・・」

「整形でキレイになっても、運が悪くなればダメです。整形したことで、逆に運が悪くなった子も僕は知っています。キレイになるのはあくまでも手段です。大切なのは幸せになることです。整形で肉体が変わると気が変わります。心もそれに反映します。そうして幸せになるように導いてあげることが僕らのやっていることです」

シンガポールで今里たちが具体的にどういう施術をしているのか、聡子は興味がわいた。

「明日、僕は日本を発ちます。もしシンガポールにいらっしゃる機会があったら、ここを訪ねてください」

そういって今里は聡子に名刺を差し出した。

「あなたにはそういう力があります」

別れ際、今里は聡子の肩にそっと手を置いた。




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