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10. いつか、きっと会える

滝田は久しぶりの地元、横浜に帰ってきた。

半年前、愛知のエステ会社で一緒に働いていた先輩の溝口は社内でトラブルを起こし、それがもとで解雇されてしまった。

担当区域の店舗の若い新人の脱毛士に入れあげ、ストーカーまがいのことをやって訴えられてしまったのだ。

溝口から目をかけられていた滝田もなんとなく社内で居ごこちの悪い思いをした。

溝口が会社を去った2カ月後、滝田もそこを辞めた。


滝田はランドマークタワーから見える夜景をぼんやり眺めながら、これから先、どうすればいいかと思いあぐねた。

退社して、パチンコばかりに興じているのも、うんざりしてしまった。

うさ晴らしにと、生まれ故郷の横浜に行き、カプセルホテルを梯子しながら、街中をブラついていた。

そこへ、溝口から携帯に電話がかかってきた。

「俺のせいで、お前にまで迷惑をかけてしまって本当にすまない」

そういって、溝口は詫びた。

「先輩のせいじゃないですよ。今の仕事は嫌いじゃないんで、またどっか探します。先輩こそ、めげないでください」

それでも溝口には恩がある。前のエステ会社に入れたのも溝口のおかけだ。滝田は溝口を気づかった。

「俺は、しばらく失業保険で食いつないでるよ」

溝口は破棄のない口調で答えた。

「先輩、覚えてますか。まぼろしの脱毛士の話。どうしても気になって。探し出すまで、この業界にいようかと思って」

「ああ、覚えてる。松城さんじゃないかって話な」

「たぶん、彼女じゃないかって気がします」

「俺はあの人に初めて会った時な、まるで自分がそこに映し出されたような感じだった。不思議なんだよな、ほんとに。あの人が嫌いというより、あの人といると、自分が全てさらけ出されているような感じがして、それでどうも苦手だった」

「業界紙の田所さんも、いってました。なんか全て見透かされているようで怖かったって」

「わかる、わかる、その感覚、確かに。そういえば、田所さんで思い出したが、なんか変な話をしてたな。香港かシンガポールだったか、美女の製造エステというのがあって、そこでは身体の気の整形というのをやってて・・・世界のミスコンの女性たちもまずそこでそれを受けて、それから本格的なレッスンに入るとか・・・そこのオーナーは日本人だとかいってた」

「気の整形?」

「ああ、もう世界の美女というのはそういうレベルなのさ。肉体だけの見てくれだけの美じゃ、もう通用しなくて、目に見えない世界から美を創っていくということらしい。もう、ほとんどサイキックの世界さ」

「松城さんもそこにいたとか?」

「さあ、それはわからない。ただそこに日本人のすご腕エステティシャンがいたっていうから、もしかしたらそれが松城さんだったかも知れない」

「聞けば聞くほどすごい話ですね」

「ああ、全く、奇妙な話だ」

そういって、ため息をつくように溝口は電話をきった。


         ☆☆☆


滝田は溝口と同じように、しばらく愛知で失業保険を得て無為に過ごした。

早く仕事先をと気ははやるが、どうも愛知で再就職の口を見つけるのは気が進まなかった。

両親の離婚後、高校時代を過ごしただけで愛知にとりわけ愛着があるというわけでもなかった。

再就職先で頭に浮かぶのはやはり横浜であった。

そこには一緒に遊んだ幼なじみもたくさんいる。

中華街のどのラーメン屋がおいしくて、どこがまずいのか、グルメマップにも載っていない穴場の店もよく知っていた。

観覧車に父親と一緒に乗っていた時、はしゃぎすぎて手に持っていたジュースを父親のズボンにこぼしてびしょ濡れにしたことも事も今となってはなつかしい思い出だ。

やっぱり、横浜に戻って、就職先を見つけよう。

そう、滝田は思った。


滝田が就職先に選んだのは、愛知で務めていたのとほぼ同規模のエステ会社だった。

他の全く違う仕事という選択肢もあったが、やはり手慣れた仕事のほうが昇給や昇進が早いかも知れない、母親への仕送りも滞りなくできるだろうと思った。

とはいえ、同じ職種を選んだ理由はそれだけではなかった。

滝田はこの仕事を気にいっていた。

女性がキレイになって喜んでいる姿を傍でみていると心がなごんだ。

滝田のそんな気心が通じたのか、人事の担当者に気に入られ、横浜での再就職はスムーズに決まった。


         ☆☆☆


滝田は再就職したエステ会社の営業部に配属され、東京近郊のサロンを担当させられた。

夏場前の繁忙期になると、店に出向いて新しい脱毛機の搬送やら店長から頼まれれば脱毛士のスケジュールの調整管理まで嫌な顔ひとつせずさまざまな用をこなした。


半年ほどして、滝田が新しい会社に慣れた頃。

横浜で急速に売上げを伸ばしている店があると聞いた。

他社のサロンではない。自社のサロンで、である。

神奈川圏については滝田の上司にあたる人間が担当していた。

滝田は東京近郊の店舗をまかされていたため、地元の店舗の状況はほとんど分からなかった。

「ちょっと変わった人なんだけどね。腕はものすごいね。一度やるとやみつきになって指名する人がたくさんいるらしい」

横浜店を担当している上司からそう聞かされた。

どこかで聞いたような話だった。

1年半前、愛知で溝口先輩と交わしたあの会話。

< 風変りな人なんだけど、どうしても彼女じゃないとダメというお客さんがいっぱいいるんだ >

そういって、溝口は笑いながら話していた。

その脱毛士は店の売上げを急激にあげると、いつの間にか風のように去って行った。

松城縒斗子。上司の話は彼女を彷彿とさせた。

もしかして、彼女が、この横浜に来ている?

そんな、バカな。こんな近くに彼女がいるものか。

滝田はありえない話だと頭を振った。


         ☆☆☆


「その女性、ときどき左手に白いリストバンドをしていませんか」

滝田は横浜店のチーフに電話で聞いてみた。

仕事中もそのことが気になって頭から離れなかった。

やはり、どう考えてもあの松城縒斗子のような気がしてならなかった。

もしかしたら違う名前で店に入っているかも知れない。

しかし、リストバンドだけはどこに行こうが彼女は必ず身につけているはずだ。

そんな確信が滝田にはあった。

「少し変わってて、それで顔が平べったくて」

はやる気が先になり、つい滝田の口がすべった。

「それはちょっとね~、彼女に失礼よね。滝田さん、なんかマツシロさんに恨みでもあるの」

「え、マツシロ・・・、今、マツシロって、いいました」

「そうよ。マツシロさんよ。彼女よくやってくれてるわよ。確かに歳はくってるけど」

「マツシロさんの下の名前はなんていうんですか」

「難しい名前だけど。みんなサトコさんって呼んでるわ」

マツシロ・・・サトコ・・・そういわれても、同性同名ということもあり得る。

滝田は俄かには信じられなかった。

あの松城縒斗子が横浜に来ている?

いや、ない、ない。

もしかしたら、自分の知らないところで、幻の脱毛士、マツシロサトコという名前だけがこの業界で都市伝説のように一人歩きしていて、みんなでよってたかって自分をかついでいるんじゃないか。

滝田の中で相反する思いが綱引きをしていた。

まるで狐にでもつままれたような話だと、滝田はほっぺたをつねってみた。


         ☆☆☆


もう直接、横浜店に行って、本人かどうか確かめてくるしかない。

日曜日、マツシロサトコは店に出ていると横浜店のチーフから聞いた。

滝田は身なりを整え、横浜店に出向く準備をした。

もし、彼女がほんとに松城縒斗子なら、一刻も早く会いに行かなければ、また彼女は知らぬ間にフッと店を去っていくこともあり得る。

もうこのまま、一生会えないかも知れない。

ようやく手につかんだ砂が指の間からスルスルと溢れ落ちていくような、そんな感覚が走った。

滝田は身仕度を終え、部屋を出た。


外は8月の太陽が街中をあぶり出していた。

行き交う人々の足取りも気だるげだった。

今日も暑くなりそうだ。

滝田は片目を閉じ、青くまばゆい空を仰ぎ見た。

空を見上げる時、いつもそうするのが滝田の癖だった。




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