3. 幸せになってください・・・
滝田は、名古屋店に1年ほどいた、松城縒斗子という謎めいた脱毛士にがぜん興味が湧いた。
ある日忽然と現れ、売上げを急激に伸ばし、売上げがマックスになると急に去っていく。
とりわけ人を惹きつける美貌の才媛というわけではない。むしろその逆で、どこか風変わりでつかみどころのない、周りとの不調和が心配されるような人間だった。
一体、どんな人で、どんな施術をやってたんだろう。
最初の頃はみんなが気味悪がっていた。時折、左手につけていたという白いリストバンド。アクセサリーにしては奇妙だ。
☆☆☆
「松城さん、施術中になにかつぶやいていたらしいですが、何を言っていたか、わかりますか」
滝田はなぜかそれが気になった。名古屋店のチーフの笠間にそのことを電話でたずねてみた。
「確かに松城さん、なにか施術中にボソボソつぶやいていたようだけど、何を言ってたかわからないわ」
「今、どこにお住まいかわかりますか」
「さあ、前の住所にはもういないようですけど。でもまだ独身とか言ってたわ」
「そうですか、ところで笠間さん、この業界にすご腕の脱毛士がいるって聞いたことありませんか。店の売上げが急によくなって、店が繁盛するようになるとフッといなくなるって」
「いえ・・・、あ、そういえば誰かから聞いたことがあるわね。まさか、その人が松城さん・・」
「いや、それは僕にもわかりませんけど・・・」
「そういえば、あの人の履歴をみたけど、うちにくる前に2店くらいやってて、確かにそこ、急に伸びてるわね。キャンペーンか何かが当たったのかなって、みんなで話してたんだけど。え~、そうなの。松城さんなの」
「お辞めるになる時、何かおっしゃってましたか」
「いえ、なにも、ただ一身上の都合だって。それ以外は何も話さなかったわ」
「松城さんととくに親しかった方がいらっしゃいますか」
「松城さん、あまり周りの人に心を開くような人じゃなかったけど、そういえば新人の子とときどきお弁当を一緒に食べてたわね」
「その方にいろいろお聞きしたいのですが」
「わかりました。連絡をとってみますね」そう言って笠間は電話を切った。
滝田は他にも何か手がかりをつかめないかと、エステの業界紙にも目を通し、松城縒斗子のことを調べてみた。
業界紙の店舗紹介のコーナーでは、とくに新人の脱毛士を写真入りで紹介していた。
しかし、松城の記事はどこにも見当たらなかった。
社内報を見ても、松城縒斗子が名古屋店に1年前に配属されたという記載はあるものの、それ以上のことは載っていなかった。
☆☆☆
もしかしたら、エステの業界紙の記者たちの間で松城縒斗子のことが話題になっているかも知れない、と滝田は思った。
その日の夕方、滝田は田所という若い業界紙の記者を居酒屋に誘った。
「ああ、御社の名古屋店にいた方ですね」田所は松城のことを覚えていた。
「そう、そうです。1年ほど名古屋店にいた松城という脱毛士です」
「どこか、ちょっと変わった方でしたよね」田所は少し上目ずかいで、松城の記憶をたどるように答えた。
「僕は松城さんに会ったことはないですが、みんなそういいます。何か、独特な施術をやっていたようで」
「まあ、でも悪い人じゃないですよ、あの方は。ただ・・」
「ただ・・なんですか」
「ちょっと怖かったですね。なんか全て見透されているような感じがして」
「そうですか」
「たぶん、それで他社の記者も松城さんのことを書かなかったというか、書けなかったんじゃないかな。うちのライバル紙でも松城さんの記事は見かけたことがないですね」
「田所さん、この業界に、まぼろしの脱毛士と呼ばれる人がいるって聞いたことがありませんか」
「ああ、それ、なんかあります。聞いたがことあります」
「それが、もしかして・・・」
「え、それが松城さん」
「いや、それは僕にもわかりません。ただ、急激に店の売上げを伸ばすと急にフッといなくなるらしいです。どうも彼女のような気がして」
「そういえば、名古屋店の伸びはすごかったですよね。あれは、松城さんが入った頃からですよね」
「そうです。松城さんの頃からです」
「いや~、でもあれはすごかった。Yエステから、名古屋店でどんなことやってるのか探って来てよっていわれましたから。それで取材で名古屋店を尋ねたら、笠間チーフが得意満面で、私の経営手腕がいいからよ、なんておっしゃっていましたからね。あの時に、松城さんにもお会いしましたけど、なんか地味で目立たない人っていう印象でしたね。確かに存在感はありましたけど、でも滝田さんのおっしゃるようなやり手の脱毛士には見えませんでしたね」
「そうですか・・・」
「ただ、なんというか・・・」
「怖かったということですか?」
「そう、この人のことで下手なことを書くと金縛りに合うんじゃないかって。あはは、いや、冗談、冗談ですよ」
溝口先輩が松城を煙たがったのは、田所と同じような感覚を抱いたからじゃないかな、と滝田は推察した。
田所のいう通り、確かに松城縒斗子はただ者じゃない。滝田はますます彼女に興味が湧いた。
「たぶん、彼女はまたどこかの店でやるんじゃないかなと思います。あれだけの腕のある人なんだから、必ずどこかがスカウトするはずです。ただ、彼女がどんな施術をしていたのか見られなかったのが残念です」
「松城さんの噂を聞いたら、真っ先に滝田さんにお知らせしますよ。もし松城さんがそのまぼろしの脱毛士と呼ばれる人だったら記事としても面白い。各店で争奪戦になるかもしれませんね」
「溝口先輩は都市伝説だっていってますけど、やけに彼女のことが気になるんですよね」
「まぼろしのすご腕脱毛士ですか。調べ甲斐がありますね。面白いです」
そう言って田所はビールを一気飲みすると、仕事がもう少し残っているからと席を立った。
☆☆☆
その翌日、名古屋店の新人の藤間マキから滝田の携帯に電話がかかってきた。
「松城さん、周りから少し気味悪がられていましたけど、とてもいい人で、私にはよくしてくれました」藤間はとつとつと話した。
「どうしたら、火ぶくれしないように施術できるか、いろいろ教えてくださいました。とっても丁寧な施術でしたから松城さんじゃなきゃ嫌だという人も多かったです」
「施術中に何かぶつぶつ、つぶやいていたらしいですね」
「あ、そうです。とっても、大事なことです」
「大事なこと、なんですかそれ、何をつぶやいていたんですか。松城さんは」
電話口で藤間は一拍置くかのように、小さなため息をもらした。
「幸せになってください・・・」
ささやくような藤間の声だった。
「え、幸せになってください?・・・キレイになってくださいじゃなくて」
「ええ、私も何をぶつぶついってるのかなって気になっていたんで、松城さんがお辞めになる時に聞いてみたんです。そしたら、幸せになってくださいって、言っているのよって、松城さんが」
「そうですか、そんなことを言ってたんだ」
「そうです。松城さん、一人ひとりに、どうか幸せになってくださいって、つぶやいていたようです」
「白いリストバンドを時々してたらしいですね」
「ええ、確かにそういう時もありましたね。でも、ただのアクセサリーなのか、その意味は私にもわかりません。女の子はね、キレイにならなくてもいいの、幸せになればいいのよっていうのが松城さんの口ぐせでした。でも、みんなキレイになりたくてお店に来ているのに、それって変ですよね」
滝田には松城の言っている意味がなんとなく理解でした。
「松城さん、よく私に話してくれました。キレイになっても変な男に引っかかったら人生を棒にふるでしょって。でも、そうは言っても、お客様をキレイにするのが私達の仕事ですし、お店で私たちがやってることと矛盾するし、すこし納得がいきませんでした。それからず~とそのことばかり毎日考えていました。たぶん、松城さんは、いくらキレイになっても心がともなわないとダメってことをいってるのかなって、私なりの結論ですけど」
「そういうことですか」
藤間と話して、いくらか滝田の疑問が晴れた。
しかし、まだひっかかるものがあった。
なぜ、店が流行り始めるようになると、急に辞表を出して去っていくのか。
注目されると困るようなことでもあるんだろうか。まさか指名手配されている犯罪者でもあるまいし。
それにときおり左手に付けていたというリストバンド。何か意味があるんだろうか。
やはり何かの宗教だろうか。
いや、もしそうなら、店での影響力が増せば、そこにとどまって新人の女の子を勧誘したりもするはずだ。だから、そういうことでもなさそうだ。
結局、<松城縒斗子>という人間の存在で、たくさんの客が喜び、店も繁盛した。
損失をこうむった者がいたとすれば、競合店と売上げが下がって上司から毎日責め立てられている溝口先輩くらいなものだ。
幸せの脱毛士・・・。
滝田は松城縒斗子のことをそう呼ぶことに決めた。
この業界にいれば、いつか必ず、彼女に巡り会えるはずだ。
ある日忽然と現れ、売上げを急激に伸ばし、売上げがマックスになると急に去っていく。
とりわけ人を惹きつける美貌の才媛というわけではない。むしろその逆で、どこか風変わりでつかみどころのない、周りとの不調和が心配されるような人間だった。
一体、どんな人で、どんな施術をやってたんだろう。
最初の頃はみんなが気味悪がっていた。時折、左手につけていたという白いリストバンド。アクセサリーにしては奇妙だ。
☆☆☆
「松城さん、施術中になにかつぶやいていたらしいですが、何を言っていたか、わかりますか」
滝田はなぜかそれが気になった。名古屋店のチーフの笠間にそのことを電話でたずねてみた。
「確かに松城さん、なにか施術中にボソボソつぶやいていたようだけど、何を言ってたかわからないわ」
「今、どこにお住まいかわかりますか」
「さあ、前の住所にはもういないようですけど。でもまだ独身とか言ってたわ」
「そうですか、ところで笠間さん、この業界にすご腕の脱毛士がいるって聞いたことありませんか。店の売上げが急によくなって、店が繁盛するようになるとフッといなくなるって」
「いえ・・・、あ、そういえば誰かから聞いたことがあるわね。まさか、その人が松城さん・・」
「いや、それは僕にもわかりませんけど・・・」
「そういえば、あの人の履歴をみたけど、うちにくる前に2店くらいやってて、確かにそこ、急に伸びてるわね。キャンペーンか何かが当たったのかなって、みんなで話してたんだけど。え~、そうなの。松城さんなの」
「お辞めるになる時、何かおっしゃってましたか」
「いえ、なにも、ただ一身上の都合だって。それ以外は何も話さなかったわ」
「松城さんととくに親しかった方がいらっしゃいますか」
「松城さん、あまり周りの人に心を開くような人じゃなかったけど、そういえば新人の子とときどきお弁当を一緒に食べてたわね」
「その方にいろいろお聞きしたいのですが」
「わかりました。連絡をとってみますね」そう言って笠間は電話を切った。
滝田は他にも何か手がかりをつかめないかと、エステの業界紙にも目を通し、松城縒斗子のことを調べてみた。
業界紙の店舗紹介のコーナーでは、とくに新人の脱毛士を写真入りで紹介していた。
しかし、松城の記事はどこにも見当たらなかった。
社内報を見ても、松城縒斗子が名古屋店に1年前に配属されたという記載はあるものの、それ以上のことは載っていなかった。
☆☆☆
もしかしたら、エステの業界紙の記者たちの間で松城縒斗子のことが話題になっているかも知れない、と滝田は思った。
その日の夕方、滝田は田所という若い業界紙の記者を居酒屋に誘った。
「ああ、御社の名古屋店にいた方ですね」田所は松城のことを覚えていた。
「そう、そうです。1年ほど名古屋店にいた松城という脱毛士です」
「どこか、ちょっと変わった方でしたよね」田所は少し上目ずかいで、松城の記憶をたどるように答えた。
「僕は松城さんに会ったことはないですが、みんなそういいます。何か、独特な施術をやっていたようで」
「まあ、でも悪い人じゃないですよ、あの方は。ただ・・」
「ただ・・なんですか」
「ちょっと怖かったですね。なんか全て見透されているような感じがして」
「そうですか」
「たぶん、それで他社の記者も松城さんのことを書かなかったというか、書けなかったんじゃないかな。うちのライバル紙でも松城さんの記事は見かけたことがないですね」
「田所さん、この業界に、まぼろしの脱毛士と呼ばれる人がいるって聞いたことがありませんか」
「ああ、それ、なんかあります。聞いたがことあります」
「それが、もしかして・・・」
「え、それが松城さん」
「いや、それは僕にもわかりません。ただ、急激に店の売上げを伸ばすと急にフッといなくなるらしいです。どうも彼女のような気がして」
「そういえば、名古屋店の伸びはすごかったですよね。あれは、松城さんが入った頃からですよね」
「そうです。松城さんの頃からです」
「いや~、でもあれはすごかった。Yエステから、名古屋店でどんなことやってるのか探って来てよっていわれましたから。それで取材で名古屋店を尋ねたら、笠間チーフが得意満面で、私の経営手腕がいいからよ、なんておっしゃっていましたからね。あの時に、松城さんにもお会いしましたけど、なんか地味で目立たない人っていう印象でしたね。確かに存在感はありましたけど、でも滝田さんのおっしゃるようなやり手の脱毛士には見えませんでしたね」
「そうですか・・・」
「ただ、なんというか・・・」
「怖かったということですか?」
「そう、この人のことで下手なことを書くと金縛りに合うんじゃないかって。あはは、いや、冗談、冗談ですよ」
溝口先輩が松城を煙たがったのは、田所と同じような感覚を抱いたからじゃないかな、と滝田は推察した。
田所のいう通り、確かに松城縒斗子はただ者じゃない。滝田はますます彼女に興味が湧いた。
「たぶん、彼女はまたどこかの店でやるんじゃないかなと思います。あれだけの腕のある人なんだから、必ずどこかがスカウトするはずです。ただ、彼女がどんな施術をしていたのか見られなかったのが残念です」
「松城さんの噂を聞いたら、真っ先に滝田さんにお知らせしますよ。もし松城さんがそのまぼろしの脱毛士と呼ばれる人だったら記事としても面白い。各店で争奪戦になるかもしれませんね」
「溝口先輩は都市伝説だっていってますけど、やけに彼女のことが気になるんですよね」
「まぼろしのすご腕脱毛士ですか。調べ甲斐がありますね。面白いです」
そう言って田所はビールを一気飲みすると、仕事がもう少し残っているからと席を立った。
☆☆☆
その翌日、名古屋店の新人の藤間マキから滝田の携帯に電話がかかってきた。
「松城さん、周りから少し気味悪がられていましたけど、とてもいい人で、私にはよくしてくれました」藤間はとつとつと話した。
「どうしたら、火ぶくれしないように施術できるか、いろいろ教えてくださいました。とっても丁寧な施術でしたから松城さんじゃなきゃ嫌だという人も多かったです」
「施術中に何かぶつぶつ、つぶやいていたらしいですね」
「あ、そうです。とっても、大事なことです」
「大事なこと、なんですかそれ、何をつぶやいていたんですか。松城さんは」
電話口で藤間は一拍置くかのように、小さなため息をもらした。
「幸せになってください・・・」
ささやくような藤間の声だった。
「え、幸せになってください?・・・キレイになってくださいじゃなくて」
「ええ、私も何をぶつぶついってるのかなって気になっていたんで、松城さんがお辞めになる時に聞いてみたんです。そしたら、幸せになってくださいって、言っているのよって、松城さんが」
「そうですか、そんなことを言ってたんだ」
「そうです。松城さん、一人ひとりに、どうか幸せになってくださいって、つぶやいていたようです」
「白いリストバンドを時々してたらしいですね」
「ええ、確かにそういう時もありましたね。でも、ただのアクセサリーなのか、その意味は私にもわかりません。女の子はね、キレイにならなくてもいいの、幸せになればいいのよっていうのが松城さんの口ぐせでした。でも、みんなキレイになりたくてお店に来ているのに、それって変ですよね」
滝田には松城の言っている意味がなんとなく理解でした。
「松城さん、よく私に話してくれました。キレイになっても変な男に引っかかったら人生を棒にふるでしょって。でも、そうは言っても、お客様をキレイにするのが私達の仕事ですし、お店で私たちがやってることと矛盾するし、すこし納得がいきませんでした。それからず~とそのことばかり毎日考えていました。たぶん、松城さんは、いくらキレイになっても心がともなわないとダメってことをいってるのかなって、私なりの結論ですけど」
「そういうことですか」
藤間と話して、いくらか滝田の疑問が晴れた。
しかし、まだひっかかるものがあった。
なぜ、店が流行り始めるようになると、急に辞表を出して去っていくのか。
注目されると困るようなことでもあるんだろうか。まさか指名手配されている犯罪者でもあるまいし。
それにときおり左手に付けていたというリストバンド。何か意味があるんだろうか。
やはり何かの宗教だろうか。
いや、もしそうなら、店での影響力が増せば、そこにとどまって新人の女の子を勧誘したりもするはずだ。だから、そういうことでもなさそうだ。
結局、<松城縒斗子>という人間の存在で、たくさんの客が喜び、店も繁盛した。
損失をこうむった者がいたとすれば、競合店と売上げが下がって上司から毎日責め立てられている溝口先輩くらいなものだ。
幸せの脱毛士・・・。
滝田は松城縒斗子のことをそう呼ぶことに決めた。
この業界にいれば、いつか必ず、彼女に巡り会えるはずだ。
第4話:澤木聡子 >
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幸せの脱毛士 / 結城直矢
1.ダツモウなんかしなくていい
2.まぼろしの脱毛士
3.幸せになってください・・
4.澤木聡子
5.「内なるもの」を変える
6.シンガポール
7.介入するということ
8.「交渉」の部屋
9.日本へ
10.いつか、きっと会える
11.キレイのその先にあるもの
2.まぼろしの脱毛士
3.幸せになってください・・
4.澤木聡子
5.「内なるもの」を変える
6.シンガポール
7.介入するということ
8.「交渉」の部屋
9.日本へ
10.いつか、きっと会える
11.キレイのその先にあるもの
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