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11. キレイのその先にあるもの

初めて訪れた脱毛のエステサロンに由加はドキドキしていた。

圭子からエステでの施術のことは聞いて知っていたが、実際に効果があるのかどうか半信半疑だった。

なにしろ中学の頃からずっと悩まされてきたやっかい物なのだ。

いくら剃っても、反発するかのように強い生命力で生えてくる。

こんな手強い相手を、そう簡単に撃退できるなんてもちろん期待もしていない。

うっとうしいことこのうえないが、完全処理できなければ、できるだけ目立たなくするしか手がない。

中学時代、風呂場でヒザのムダ毛を処理しながら、学校へ行くとまた男の子たちに何かいわれるかと思うと胃が痛くなった。

実際に、気分が悪くなり、保健室で休んでいたこともある。

エステでその悩みを打ち明けるだけでも気が晴れるかも知れない。

重荷だったものが少しは軽くなりそう、と由加は思った。


         ☆☆☆


数日前、由加はサロンに無料カウンセリングで訪れ、毛量や毛質、施術期間や費用のこと、それと体質のチェックを済ませていた。

今日が施術の本番だった。
ずっと自己流でやってきたワキとヒザをプロの施術でキレイにしてもらいたいと思った。

施術の説明を聞きながら、もっと早くからやっておけばよかったと由加は後悔した。

カウンセリングの際、体毛には毛周期というものがあり、満足のいく仕上がりまで2年以上はゆうにかかると聞いた。

施術でムダ毛をキレイに除去したとしても、その3倍以上の毛が皮下で新たに生え変わるためにスタンバイしている。

そのため、3カ月置きくらいに脱毛の施術をしなければいけない。


その日、由加の施術を担当した脱毛士は、どこか変わった雰囲気の年配の女性だった。

歳のころは40半ばくらいだろうか。左手には白いリストバンドをしていた。

なにより由加が少し驚いたのが施術に入ると、その脱毛士がなにか小声でつぶやいていることだ。

早口だから、言葉の意味はよくわからない。

一心不乱に何かに憑かれたかのように施術を行っている。

目が据わっているし、由加は少し怖かった。

でも、なんだろう、これ。

これまで感じたことのない清々しさを、由加は施術中に覚えた。

体の奥深くに潜んでいた苦悩の一つひとつが泡のように浮かんでは消えていく、心のひだに付いていた垢のようなものがキレイに洗い落とされていく、そんな不可思議な感覚に包まれた。


脱毛士の女性は「マツシロ」と名乗った。胸元には名札が付いていた。

下の名前は、なんて読むんだろう。難しくて正確に読めなかった。

怖い人かなと最初思ったが、施術が終わった時にみせた女性の笑顔はとてもステキだった。

「ゆかさん、て、いうのね。私にもちょうどあなたくらいになる娘がいたわ」

施術を終え、脱力したように椅子に腰をかけると女性はそう声をかけてきた。

いた、っていうことは、病気か何かで亡くなって、今はもういないということ?

余計なことを聞くと悪いかな?由加は、その女性の言葉にまともに返さず、軽くうなずいた。

よくみると、女性は、ものすごく疲れたような顔をして、目にうっすらと涙をうかべていた。

由加には、なぜ女性が涙を溜めているのか、その意味が全くわからなかった。

ただ、施術のためにものすごいエネルギーを使ったんだな、ということだけははっきりとわかった。

「ごめんなさいね。つい、娘のことを思い出して」

そういうと、女性は目元ににじんだ涙をハンカチで拭った。

「ずいぶん、辛い思いをしたわね」

由加は、中学時代の苦悩も何もかも全てこの女性に見透かされているような気がした。

「私はね、体毛や肌の状態で何でもわかるの」

「え、ええ・・・」

「でも、あなたはみかけよりとっても強い人、だから心配ないわ」

その女性の言葉に、由加はとまどった。そんなふうに自分のことをいってくれたのはこの女性が初めてだった。

常に体毛へのコンプレックスがあった。だから似つかわしくもないブランド物の洋服やバッグに散財し、見せかけの衣をまとって今日まで生きてきた。もう、虚勢を張ることもない。素直に生きていけばいい。由加の中で熱いものがこみあげてきた。胸の奥につかえていた固まりのようなものがゆっくり溶け出していくような気がした。

「きっと幸せになるわ・・・」

帰りしな、女性は由加の手をとり、やさしく声をかけた。


         ☆☆☆


もうじき、まぼろしの脱毛士に会える。会ったらなんて声をかけようか。

どんな話をしようか。

以前に愛知のエステにいましたね、っていうのは禁句だろうな。

滝田は横浜店へ向かう電車の中で松城との対面場面を思い浮かべた。

歳の頃は自分の母親と同じくらいだ。

まさか、あなたがまぼろしの脱毛士と呼ばれている方ですか、とも聞けない。

そんな質問をすればきっと不快な思いをするに違いない。

何も知らないフリをして、すっとぼけた顔をして、横浜店はどうですかとか、何か困っていることはありませんかとか、あたりさわりのない世間話でもしようか。

滝田は不自然な挙動にならないよう、何度も何度も頭の中で、松城縒斗子との対面場面を想像した。


         ☆☆☆


横浜の駅からさほど離れていない、雑居ビルの3階にサロンはあった。

日曜日だから、店は混んでいるだろうし、彼女とは十分な会話はできないだろうな。でもひと目会うだけでもいい。

この1年半ずっと頭の中を占めていた、伝説の脱毛士がいったいどんな女性なのか。滝田は自身の目で一刻も早く確かめたいと思った。

サロンの入っているビルの前で談笑している数人の若い女性たちと出くわした。

滝田は階段を急ぎ足で駆け上った。と、その時、同年代の女性とすれ違った。その女性にどこか見覚えがあった。

地元に帰ってきたのだから同級生と道でばったり出くわしたとしても不思議はない。

そういえば、中学時代、男子たちから毛深いとからかわれていた女子がいた。


しみず・・・ゆか・・・確か、そんな名前じゃなかったっけ。

滝田はクラス委員をしていたが、腕力にも自身があった。

だから彼女をからかう連中を何度もボコボコにした。

そのたびに、クラス委員が暴力ふるってどうすんだ、と担任から戒められた。

涼しげな目元に、長い黒髪、どことなく彼女の面影があった。

あの、しみずゆか・・・かも知れない。

しみず・・・ずいぶん辛かっただろうな。学校も休みがちだった。

いつも廊下をうつむきがちに歩いていた。

しかし、先ほどすれ違った女性はずいぶん清々しい顔をしていた。

中学時代の、しみずゆかとはまるで別人のようにも見える。

もしかしたら、彼女はうちの店で脱毛の施術をした帰りだったんだろうか。

それだったら、連絡先がわかるからじきに会えるだろう。

もし、あの女性が同級生の泣き虫の、しみずゆかだったらなんていおうか。

キレイになったね。いや、もしサトコさんだったらなんていうだろう。

「きっと、幸せになる」そういうだろうか。

その前に、俺のこの顎ヒゲもサトコさんにきれいに脱毛してもらおうかな。

しみずも、こんなゴツイ顔じゃ、すぐには思い出せないかも知れないだろうから。

そう、滝田は思った。


         ☆☆☆


ビルの外は強い日差しで溢れ、まぶしかった。見上げると、抜けるような青い空が広がっていた。

清水由加は大きく深呼吸した。すっかり心が軽くなり、足どりも弾んだ。通りを歩いていると、キレイになったねって、通りすがりの人たちから声をかけられているような気がした。

きっと、幸せになる。そんな感覚に包まれた。


ふと、あの不思議な女性のいるサロンのビルを振り返って見た。



        ( 完 )


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