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日本における「環境ホルモン」による「精子数」、減少傾向へ

平成11年4月17日、東京女子医科大 弥生記念講堂で「女性と内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)」と題して講演会(主催:女性健康研究会)が開催された。当日は国立環境研究所環境部部長の遠山千春氏、慶応義塾大医学部産婦人科の末岡浩講師らが、ダイオキシンなどの「環境ホルモン」が人体に及ぼす影響へなど講演を行った。


「精子数」は、採取状況で変動

過去50年の間に精子が半減した---こうしたショッキングなニュースをイギリスBBC放送が放映して、またたく間に内分泌撹乱物質(以下、「環境ホルモン」)の脅威が世界中に伝播した。以降、実際に「環境ホルモン」により精子が激減したのか、各国であてはまるのかといった論争が各地で巻き起こった。また当初60数種類と目されていた「環境ホルモン」が、実際には氷山の一角に過ぎず、8万7千種といわれる化学物質の全てを調査する必要にも迫られるなど、世界各国で検証が始まった。
日本では今月開催された日本泌尿器科学会(大阪市)で慶応大、帝京大などで「環境ホルモン」による精子数の調査報告がなされたが、逆に精子減少を否定する調査報告(札幌医大など)も出るなど、精子採取状況のバラツキからデータに明確さを欠いた。

1990年以降、「精子数」に強い減少傾向(慶応義塾大医学部)

4月17日に開催された「女性と内分泌撹乱化学物質」講演会の中で、慶応義塾大医学部産婦人科の末岡浩講師が「内分泌撹乱物質の精巣機能への影響」と題して講演を行ったが、慶応グループは今回の「精子数」調査に関して、非配偶者間の人工授精のための健康男児の精子による過去30年間の2万人におよぶ調査で10%の「精子 減少」がみられることを明らかにした。また1970年から1989年に比べ、1990年以降で強い減少傾向を示したとした。

< 以下、当日の講演集より一部抜粋 >


内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)の精巣機能への影響
慶応義塾大学医学部産婦人科 末岡 浩

疫学的研究から精子減少が指摘され、その原困となる様々な要因が考えられている。近 年、生殖能の障害に対して行われる不妊症治療が著しく発展し、特に顕微授精や精巣精子 採取などによる男性不妊に対する生殖補助技術が、急速に発展を遂げてきたことは朗報と もいえるが、その一方で、性器奇形や精巣の悪性腫瘍の頻度増加も指摘され、外因性内分 泌撹乱物質による影響が脚光を浴ぴたことは記憶に薪しい。

1992年にデンマークのスカケベック博士らが「精子減少」を問題提起
1992年、Skakkebaek(スカケベック)らによって過去50年問の男性の精液所見が驚くべきことに精子濃度、 精液量ともに明らかな減少の事実が報告された。この事実によって人類が生物として存続 できるかどうかの重人な間題である点が指摘された。 Skkebaek報告は世界各地の61論文から14,947名の男性について検索したものであ り、1940年に比較し1990年には平均精子濃度は113×106/mlから66×106/mlへ、精液量は 3.40から2.75mlへと減少を示していた。この減少は単純計算すると、50年間で精子濃度は 約25%、精液量は約20%の減少を示し、年平均で精子濃度は0.94×106/ml、精液量は0.013ml、 射出精子総数は1.22×104ずつ滅少したことになり得る。

以後、精液性状の低下の肯定・否定報告が混在
この報告の後、次々に追従する 報告がなされたが、何れも、精液性状の低下の事実が肯定的ないしは否定的の両面での報 告が混在し、肯定的な場合でも、精子濃度、精子運動率、精液量の3つのパラメーターの うち精子濃度の低下は共通しているが、精子運動率や精液量に関するコメントについては 必ずしも低下を示していないものもある。これに対し、疫学的検討による精子関連報告の 統計学的考察に関しては種々のバイアスに関する考慮が必要であることが指摘されている。 しかし、年齢や健康状態などの特定した母集団を選定し、測定方法に関すしても同一条件 で検討を行った完全ともいうべき条件設定での報告は例をみない。精子に関する国際的疫 学的調査の中で、本邦の精子に関わる情報は触れられていない。

1948年からの非配偶者間人工授精の精子データを分析
慶応義塾大学病院では、本邦において1948年から非配偶者問人工授精を開始し、年齢の 条件や同一の測定方法による健康男性の長年に亘るデータが蓄積されてきた。これらのデ ータは20〜25歳の良好な精液所見を有する健康男児に限定され、均一な条件を備えたデー タとして評価される。我が国の生殖能力の変遷を知る上でも極めて貴重である。

1970年〜98年、精子濃度は減少傾向を示した
この中で 精子濃度は1970〜1989年群でも、1990〜1998年群においても、ともに総検体データについ ての検討で現在までに調査した範囲では減少傾向を示した。減少程度は前述したバイアス の検討の上で考察すべきであるが、1970〜1989年に比較し、1990年以降でより強い減少傾 向を示した、精子運動率については1970〜1989年群で軽度の減少傾向を示したが、1990年 以降では減少傾向を示さなかった。抽出した母集団の年齢が20〜25歳であることから、内 分泌撹乱化学物質によって胎内で成長する精巣形成過程で受けた影響が大きいと仮定する と、約20〜25年前、即ち、1970〜1998年の値の低下は少なくとも1940年代後半から1978年 頃までの問に、及ぼされた影響と考えることができる。

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