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過剰な抗菌に警鐘、感染症さらに招く恐れ

「行き過ぎた清潔志向が日本人の免疫力を低下させた」。6月7日、国民生活センターで開催された講座「寄生虫から感染症を考える」(主催:家庭栄養研究会)で講師の藤田紘一郎氏(東京医科歯科大医学部教授)は日本人の清潔志向に走り過ぎる風潮に警鐘を鳴らした。O-157騒動以来、抗菌グッズが売り上げを伸ばし、公園の砂場まで除菌処理を行うなど、除菌対策にあまりに神経質になり過ぎる傾向にある。しかしながら、そうした菌の徹底排除が感染症に対して果たして良策といえるのか、氏は問い掛ける。

行き過ぎた除菌対策は抵抗力を弱め、健康被害をもたらす

冒頭、「5人に1人がアトピーとか花粉症です。これは、日本人のライフスタイルに欠陥があるためではないか。その欠陥は清潔志向が行き過ぎた結果だろうと思う」と藤田氏。
また「身近な菌を排除した結果、人の免疫力が低下し、なんでもない菌に感染するようになったのではないか。衛生環境が非常に向上しているし、抗生物質がたくさん使える日本でなぜ0-157とかクリプトピコリジウムとかの感染症にかかるようになったのか。0-157とかクリプトピコリジウムというのは非常に弱い菌で、これまで普通の人はかからなかったのに、これに感染するようになったのはなぜか」と問い掛けた。

そして、近年の日本人の抵抗力の弱さを「日本人がばい菌とか回虫と付き合わなくなった結果」と結論付けた。回虫や細菌も人類と共生関係にあり、行き過ぎた除菌対策は逆にさまざまな健康被害をもたらし感染症にかかりやすくするとした。

不衛生な生活環境でもO-157やアレルギーは発症しない

インドネシアのボルネオ住民に糖尿病、アトピー、花粉症は存在しない

こうした氏の健康感は、30数年におよぶ回虫の研究を通して得たもの。氏は、35年前にインドネシアのボルネオのジャングルに入り、住人たちの健康状態を観察した。住民たちは日頃、糞便の混ざった河水を食事の煮炊きなど生活用水として用いていた。ところがそうした不衛生な生活環境で、栄養も十分でないにも関わらず、住民たちは血圧状態がよく、糖尿病患者もいなかった。また、アトピー性皮膚炎や花粉症に発症する者も1人もいなかったという。

さらに、もう一つ発見したことがあった。「寄生虫に住民みんながかかっていた」ということ。「ジャングルに住んでいる人たちにはO-157もアトピーも花粉症も存在しない。これは寄生虫が予防しているのではと思った」と述懐する。

寄生虫の排泄分泌液中の分子量2万の物質がアレルギーを抑える

20年間からアレルギーの原因としては排気ガスや食品添加物や農薬の影響が挙げられてきた。しかし、もっと大きなところで根本的な問題があった。それが回虫だった。

では寄生虫がどのようにアレルギーなどの病気の予防に関わっていたのか。これを氏は次のように説明する。「回虫とかサナダ虫とか多細胞の寄生虫に感染すると、IgE抗体が出てくる。IgE抗体というのは花粉症とかぜんそくとかアトピー性皮膚炎を起こすもとになる物質。ところが寄生虫の排泄分泌液に存在する分子量2万の物質が産生するIgE抗体は不完全でアレルギー症状として反応しないことがわかった」。

こうした見解に基づき、氏は20年前からアレルギーの増加は寄生虫を排除したためと主張してきた。その間、世の中ではアレルギーの原因は排気ガスの中の二酸化窒素や食品添加物や農薬がアトピーが増やすとの見方が体勢を占めた。しかし、これでは説明がつかないこともあった。「旧西ドイツと旧東ドイツの9歳から10歳の7,700名の児童を調査した結果、アトピーも喘息も旧西ドイツのほうが3倍くらい多い。排気ガスの暴露は旧東ドイツのほうが多い。食品添加物の規制については旧東ドイツのほうが甘い。本来旧東ドイツのほうがアレルギーが多くていいはず」と藤田氏。

そこで、行き着いた結論が「もっと大きなところで根本的な原因がある。それが回虫だった」という。実際にサルによる花粉アレルギーの観察では、「サルは10%くらいが花粉症だが、ずっと10%で増えていない。しかし人の花粉症は10年間で4倍増えている。寄生虫感染でいうと、日本ザルはずっと80%だった。ところが人間は1950年に60%だったのが、あっという間に減った。花粉症が増えたのは寄生虫の減少と関係がある」とした。

清潔志向が逆にO-157を蔓延させる結果に

O-157は日本、米国、イギリスなど先進国しか発生していない。除菌指向がこうじて、なんでもない細菌にもひ弱になった

とかく、体内に寄生虫がいるということだけで、嫌悪感が沸きがちだが、むやみにそれを忌避する必要はないということだ。むしろ、そうした寄生虫を排除し、細菌に対してひ弱になりすぎた日本人に氏は警告する。「日本人は清潔志向が行き過ぎた。身の回りの大切な菌まで殺してきた。抗菌グッズ、抗生物質の乱用、殺菌剤の多用、そして寄生虫を排除したことでアレルギーが多くなり、O-157も出てきた。越生で起きたクリプトスポリジウムが水道水に入って集団下痢が発生したが、こうした菌はこれまでなんともない菌だった」と。

また、O-157感染に対しても、「ばい菌というとみな悪いもので、全て抗菌処理しなければ物が売れないようになってしまった。O-157は清潔志向が行き過ぎた国、日本、米国、イギリス、ドイツ、ノルウェーといった先進国しか発生していない。O-157は非常に弱い菌、無菌状態のところで運ばれる。汚いところでは発生しない」と、清潔志向が逆に裏目に出ていることを指摘した。

日頃から腸内細菌を増やす食物を摂り、免疫力を高めることが必要

米国では穀類を中心としたアジアの伝統的な食事に注目している。穀類、果物、野菜、木の実など食物繊維の豊富な食物で腸内細菌が増える

では、どうすれば感染症から逃れられることができるのか。回虫を飲み込むわけにもいかない。氏は日頃の食生活で免疫力を高めることを勧める。「岡山でのO-157感染を調べたところ、腸内細菌の種類や数が多いほど免疫能が高いことが判った。米国ではアジアの伝統的な食事に注目している。穀類、果物、木の実、野菜などが腸内細菌の数と種類を増やす」とし、食物繊維の豊富な食物で腸内細菌を増やすことを提唱した。

現代人は、0-157からサルモネラ菌へと感染症の悪夢から今だ抜けきれないでいる。不衛生な環境下ではなく 衛生管理の行きとどいた文明国で発症しているというのがなんとも皮肉な話しだ。菌の排除思想がそうした状況をもたらす一要因になっていることも確かなようだ。人類の存続において、「菌との共生」が緊急のテーマとなりつつある。

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