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糖尿病人口、700万人時代に〜国民の10人に1人が患者および予備軍

9月1日、文京シビックホール(東京都)で、糖尿病予防キャンペーン公開講座「21世紀の糖尿病予防と治療はどうなるか」が開催され、日本糖尿病学会理事長の赤沼安夫氏らが講演を行った。また、10月21日にも、九段会館(東京都)で「糖尿病フォーラム IN 東京」が開催。東京都斉生会糖尿病臨床研究センター所長の松岡健平氏が「糖尿病予備軍に告ぐ」と題し、増加の一途を辿る糖尿病の対処法について講演を行った。

40年間で、3万人から700万人に

1960年代半ば、3万から3万5千人。
40年近く経過した今、700万人に---。糖尿病の疑いが強い人口である。予備軍を含めると1,370万人。日本人の1割以上が、糖尿病の可能性を否定できない状況にある。

このままでなにもしないでいると、「2010年には糖尿病患者は1,080万人に膨れ上がる」(赤沼氏)。今から10年後には、さらに400万人近くの発症者が見込まれるという。

糖尿病患者の増加は日本ばかりではない。世界的にも同傾向にあり、「世界中で糖尿病患者は1995年に1億1千800万人、2000年に1億5千万人といわれる。2010年には、2億2千100万人と予測されている」(松岡氏)。将来、発展途上国における2型(インスリン非依存)糖尿病の増加が深刻な問題になってくるという。

糖尿病は極めて危険な疾患だ。自覚しにくい。血糖値が高い状態が続くと、網膜症、腎症、神経症、各種感染、狭心症、脳血管障害、皮膚や歯の病気、壊疽といった合併症を伴う。

合併症による失明者は年間で5千人、人工透析者は1万人ともいわれる。壊疽の場合、四肢を切断せざるを得ないこともある。「年をとるほど糖尿病の患者も増える。糖尿病は一度発病すると、一生治らない。糖尿病の状態を持ち続ける」(赤沼氏)。糖尿病の早期発見、早期治療が重要であるとされる。

この40年で、200倍以上の発症率。なぜ、これほどまでに糖尿病人口が増えたのか---。

70年代後半、米国では糖尿病発症者が500万人に

1965年(昭和40年)年頃というと、日本では食の欧米化が進み、食卓が米食中心の粗食から、加工食品や肉に代表される動物性食品へと様変わりし始めたころだ。

糖尿病は、高カロリー・過栄養による代謝のアンバランスから起きる「ぜいたく病」ともいわれる。豊かな食は、肥満をもたらし、糖尿病発症の引き金にもなる。第一次世界大戦や第二次世界大戦など、戦時下の食料不足の時代には糖尿病は減少したという報告もある。

一方、欧米食の本家米国でも、長年糖尿病に代表される現代病の蔓延に悩まされていた。そのため、原因を探るべく、1975年(昭和50年)、米国議会上院に、かつて大統領候補にもなったジョージ・マクガバン議員を委員長に「栄養問題特別委員会」を組織。「食と健康」に関する世界的規模の徹底調査にとりかかり、2年後、膨大な報告書をまとめた。

この中で、糖尿病患者は米国で500万人に達することが報告され、「糖尿病は栄養のアンバランスによる代謝病」であると定義された。米国議会上院の調査能力は世界に比肩するものがないといわれるほど緻密かつ高度なことで知られる。報告書では、「食」内容の改善こそ、糖尿病克服のキメ手であるとされた。

車の普及率が鈍化しても、糖尿病患者は増えている

話を日本に戻そう。1960年代以降の日本における食の欧米化は間違いなく糖尿病人口の増加をもたらした。この40年近くで200倍という伸びは、世界にも例がなく、いかに糖尿病に無防備であったかがわかる。

糖尿病は遺伝素因との関連も指摘されるが、日本人と米国に住む日系アメリカ人との糖尿病の発症率をみると、後者は前者のおよそ2倍という研究報告もあることなどから、「食」やライフスタイルといった環境素因が大きく関与しているとみられている。

日本で、戦後、急速に増加したのが2型(インスリン非依存)糖尿病で、「食」や運動不足による肥満、ストレスが原因とされている。特に、モータリゼーションの普及との関連が指摘される。

確かに、統計的にも車の普及率と糖尿病の発症率とは比例している部分がある(図参照)。しかしながら、これは付随的なことであり、「日本で、自動車の台数と似たようなカーブで糖尿病患者が増えていたが、自動車の登録台数が鈍化しても、糖尿病患者は増えている」と松岡氏は指摘する。運動不足による肥満が糖尿病を促進していることは明らかだが、「食」内容により血糖調整が難しくなっていると考えるほうが自然だ。

日々、必然的に糖尿病体質が作られる「食」の構図

その「食」に関しては、糖尿病発症後の食事(カロリーコントロール食)改善ばかりが強調され、予防のための「食」については、あまり知られていない。むろん、健常者が将来の糖尿病の発症を想定して、日頃から予防食を摂ることなどあまりないが。

とはいえ、この40年近くで、3万人から700万人という発症者。まるで、糖尿病になるための「食」を日々摂り続け、気が付くと本格的な糖尿病に、という逃れ難い「食」の構図が出来上がっているかのようだ。

この点について、松岡氏は、「1970年の半ばころから総カロリーは減っている。にもかかわらず糖尿病患者は増えている。その秘密は、脂肪の摂取量にある。日本の歴史をさかのぼってみて、脂肪の摂取量が1日20gを超えたことが第二次世界大戦後までない。現在、1日60gくらい摂っている。食の欧米化というわけではなく、なんとなく脂っこいものが、増えてきたということ。それを追いかけるように糖尿病の患者数が増えてきている」と、脂肪の摂取過多を糖尿病発症の要因と指摘する。

これに加え、重要視されているのが、前述のマクガバン報告書でも指摘された、戦後日本の「食」から欠落した成分である。マクガバン報告書では、こうした成分を摂ることを国民に盛んに薦めた。

その成分とは、一体どのようなものか-----。
その前に、日本の食品工業がどのような変遷を辿ってきたか簡単に述べてみたい。

日本人の95%を占めるといわれる2型(インスリン非依存)糖尿病

糖尿病は、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの欠乏および作用低下により、ブドウ糖の代謝異常が起こり、高血糖状態が続く疾患で、1型(インスリン依存)と2型(インスリン非依存)がある。

1型は膵臓のβ細胞が、免疫異常などで破壊され、インスリン分泌ができなくなり、高血糖状態になる。「若年型糖尿病」とも呼ばれ、主に幼児から15歳以下の小児期に発症することが多い。インスリン注射が不可欠となる。

2型(インスリン非依存)は、日本人の糖尿病の95%を占めるといわれる。遺伝素因以外に、栄養の偏り、運動不足、ストレスなどが原因で、インスリンの分泌および作用低下により発症する。
自覚症状としては、過食、のどの乾き、頻尿、疲れやすい・無気力など。治療法としては、食事制限による血糖コントロール、肥満防止のための運動、場合によってはインスリン注射を必要とする。

穀類の精製が、糖尿病の量産に拍車

1960年以降、日本の食品工業は大きな転換点を迎える。先進諸国との技術提携が進み、技術革新により先端技術が導入され、量産化体制が確立される。食材の形態加工技術が進み、冷凍食品に代表される加工食品が増えていった。そして、素材の不用な部分を除去するという加工工程の中で、現代栄養学で軽視されがちな食物繊維や微量元素が削ぎ取られいった。

その代表格が穀類である。日本人の主食である穀類の精白化が進み、肥満防止や血糖のコントロールに関与する食物繊維、さらにインスリンの原料となる微量元素の亜鉛やクロムなどが削がれた。これらの成分は(過剰に摂ると弊害が生じるが)、微量ながら生体調整には必須とされる。

亜鉛については、インドの地方や都市部の成人3千575人を調べた研究で、1日7mg以下の摂取しかない場合、糖尿病の危険性が高くなるといった報告もある(Journal of the American College of Nutrition'98年)。(※日本での亜鉛の1日の所要量は成人で11mg。許容上限摂取量は30mg。(「第6次改定日本人の栄養所要量」より) 米国では上限が40mgで、これを越すと他の必須栄養素である銅の吸収を抑制する危険性があるとされる)。亜鉛の主な供給源としては、未精製穀類、大豆、ゴマ、牡蠣などがある。

(「糖尿病とつきあっていくために」(監修:自治医科大学教授 金澤康徳)より)

また、クロムの血糖調整作用については、米国で1950年代から動物実験でも確認されている。ヒトに対しても1970年代に入って、50マイクログラム(50mcg)ほどの少量でも、血糖値が正常に戻り、インスリン活性に必要であることが判っている。クロムの主な供給源としては、未精製穀類、ビール酵母、鶏肉、乳製品、魚介類、新鮮な果物などがある。

マクガバン報告書では、糖尿病などの現代病対策として、未精製穀物(玄米や全麦パン)や野菜に含まれる食物繊維やビタミン・ミネラルを十分補給することを薦めた。また、豆類、根菜類、果物を増やし、動物性脂肪などの油脂類や砂糖を減らすことなども挙げた。

未精製穀類で発症リスクが40%近く低下(10年間追跡調査)

日本では、主食である穀類の精白化が進んだことで、食物繊維や生体の代謝調整に関与するビタミン・ミネラルが欠落し、糖尿病の蔓延に拍車をかけた。マクガバン報告書では、糖尿病対策に有効であるとして未精製穀類や野菜の摂取を挙げたが、20数年経過した現在でも、効用を裏付ける研究報告は多い。

未精製穀類については、ボストンの研究グループが、38歳から63歳までの女性75,000人を対象に1984年から10年間追跡調査を行ったところ、全粒穀物摂取の最も多い女性は2型糖尿病の発症リスクが38%低くなり、最も少ない女性の場合は、リスクが31%高くなることが認められたという(American Journal of Public Health'00/9月号)。

これについては、未精製の全粒穀物の場合、血糖レベルが低く、インスリン分泌が少なくて済むが、精製穀物の場合は血糖レベルが全粒穀物の2倍となり多量のインスリン分泌が必要とされるためとみられている。

また、ミネソタ大学の研究グループが、約36,000人の女性を6年間追跡調査したところ、調査期間中、1141人に糖尿病が発症したが、未精製穀物を多く摂取する女性は、少ない女性に比べ、糖尿病リスクが21%低かったという(American Journal of Clinical Nutrition'00-4月号)。
また、繊維食品を多く摂取する女性は少ない女性より、発症リスクが22%低く、さらにマグネシウム摂取の高い女性の発症リスクは33%低かったという。こうしたことから、未精製穀物や繊維食品の摂取が高齢の女性の2型糖尿病を防ぐとされた。

野菜や果物の摂取、2型糖尿病の危険性を低下

野菜についても、米疾病予防センターの研究グループが、第1回National Health and Nutrition Examination Surveyに参加した25歳から74歳の9,665人(うち1,018人が糖尿病と診断)を調べたところ、糖尿病患者の日頃の野菜や果物の摂取は、非患者のそれと比べて少なく、糖尿病患者で1日に5皿以上の野菜や果物を食べる割合は男性で19.6%、女性で18.9%であったという(Preventive Medicine'01/1月号)。
一方、非患者については男性が25.6%、女性は30.2%で、患者に比べて日頃から野菜や果物を多く摂っている傾向が明らかになったという。

また、コロンビア大学の研究グループが40歳から64歳までの1,122人に食習慣をヒアリング調査したところ、サラダなどの生野菜を多く摂ると2型糖尿病の危険性が80%以上低下することが分かったという(Journal of Clinical Epidemiology'99/5月号)。
野菜や果物のこうした糖尿病への効果は、それに含まれる食物繊維のインシュリン分泌を緩慢にする作用によるものとみられている。同様に、食物繊維を多く含む未精製穀類についても糖尿病への有効性が報告されている。

この40年、「食」の変容の到達点が糖尿病か

1960年以降、食材の加工技術が進み、食物繊維やビタミン・ミネラルといった代謝調整に関わる成分が削ぎ取られていった。 栽培方法もこれに拍車をかけた。1950年(昭和25年)頃から、農薬散布が盛んに行われ、作物が土壌から十分なミネラルを吸収できなくなった。促成栽培で大量生産は可能になったものの、露地物に比べビタミンやミネラルは少なくなっている。

さらに、ミネラルの貴重な補給源であった塩は、1960年(昭和35年)より「イオン交換膜製塩法」が施行され、99.8%の純粋な塩化ナトリウム(NaCl)に変わり、ミネラル不足が一層深刻化した。
また、食品添加物(化学合成物質)の多用で、ビタミン・ミネラルの吸収阻害が指摘されているが、特に亜鉛についても、これにより味覚障害といった症状まで招いている。

この40年近くで3万人から700万人に---。
はたして「食」の変容の到達点が糖尿病だったのか。

【参照資料】
・糖尿病実態調査の概要(厚生労働省報道発表資料)


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