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人は何歳まで生きられるか
〜新世紀、30年後に人類が迎える難題

1月13日(土)、東京工科大学(東京都八王子市)で、公開講座--バイオ最前線「人は何歳まで生きられるか?」が開催された。この中で、相磯秀夫氏(同大学学長)が「ポスト情報社会の科学技術-豊かな生活に向けて」、軽部征夫氏(東京大学国際・産学共同研究センター・センター長)と題して講演を行った。

”長寿の夢”、その前に食糧の枯渇

ヒトは120歳まで生きられる----。
学問的にも、それは実証されているという。
バイオ最前線「人は何歳まで生きられるか?」と題した講演の中で、軽部氏は人の寿命と老化のメカニズムについて語った。また、そのために必要な食糧源についての未来予測も行った。

不老不死の妙薬を求め、使者を辺境の地まで放った秦の始皇帝の例を引き合いに出すまでもなく、確かに”長寿”は古来から人類の夢であった。 むろん、これには生命を維持するための食糧が十分に確保できてという前提条件がある。しかし、2000年に誕生した子供たちが、30歳を超えた頃、これがあやしくなる。
なぜか。人口増加により、2030年に食糧危機が起こる可能性があるからだ。
加えて、耕地面積の消失。軽部氏はいう。
「地球上で、1年間に九州と四国をたした面積が砂漠化する」。
さらに、熱帯雨林の消失--。
「砂漠化と熱帯雨林の消失だけを考えても、日本の本州の半分以上の面積がなくなる」。

120歳まで生きられる可能性は立証されている。
しかし、新世紀に誕生した子供たちの”長寿の夢”は食糧源の枯渇の前に砂上と化してしまう。そればかりか、飢餓による衰弱死の可能性すらある。

遺伝子組み換え、アレルギーを引き起こす可能性で一騒動

”長寿の夢”は失せても、せめて飢餓による衰弱死は免れたい。どうすれば、これを回避できるか----。 そのために、「遺伝子組み換え技術による食糧の増産が必要」と軽部氏はいう。「もちろん、安全面には十分配慮して」。「米の遺伝子組み換えを行うと現在の収穫量の1.6倍から2倍はほとんど問題ない。今の耕地面積で倍の食糧を作れる」という。

--- とはいえ、遺伝子組み換え食品については、安全面での十分な検証が行われていないとされ、いまだに世界各国がその対応に苦慮している。

昨年11月にも、米国で遺伝子組み換えトウモロコシ「スターリンク」にアレルギーを引き起こす可能性が市民団体により指摘され、一騒動あったばかりだ。米国では政府が2000年産スターリンクの全ての買い上げを検討するという事態にまで進展した。日本でも厚生労働省と農務省が事態を重く見て、船積みの前段階で混入の有無を日米で検査するよう合意をとりつけ、エライザ法という検査方法(1,000粒に1粒程度の混入であれば識別可能)により、水際で食い止める策をかろうじてとった。しかし、はたしてそれで万全かどうか、その精度に疑問をはさむ声もある。

米国側では、今回の騒動で、遺伝子組み換え食品に対する風当たりがさらに強まっており、今後議会では、遺伝子組み換え食品のラベル表示の義務付けを再び話し合う予定で、遺伝子組み換え食品への圧力が強まる模様だ。とはいえ、ラベル表示に関しては、「遺伝子組み換え食品であることをわざわざ明示することは、食品に不都合があるという悪いイメージを持たせる」として食品企業から強硬な反対にあっているという。

こうした騒動の中、消費者保護団体のグリーンピースは「消費者は、自分たちが何を食べているのか知る権利がある」とし、昨年10月に、独自に遺伝子組み換え技術によるコーン、大豆、カノーラなど穀類を原料にした製品のリスト「Shopping List」を発表。ベビーフード、シリアル、冷凍食品、スナックなど20項目に食品を分類し、「完全なる遺伝子組み換え」、「段階的に遺伝子組み換え原料を除去している食品」、「遺伝子組み換え原料を使っていない食品」の3つに分けるなどした。

※「スターリンク」:フランスのアベンティス社が開発した遺伝子組み換えトウモロコシ。'98年に米国で試料用に限り栽培が認可。昨年9月にタコス(メキシコ料理)への混入が発覚、認可が抹消される。日本では、飼料用、食糧用とも認可されていない。

迫りくる食糧危機、問われる遺伝子組み換え食品の是非

食糧危機と遺伝子組み換え食品、この新世紀に人類につきつけられた課題といえよう。共存か排除か。30年後の人口増加と耕地面積の消失による食糧枯渇の前にいやおうなく選択を迫られることとなる。

遺伝子組み換え食品については、安全性、ラベル表示、輸出入などの問題が世界的に議論されるようになってかなり経つ。ヨーロッパでは反対意見が大勢を占め、厳しい検査体制が敷かれている。これに対し、米国は「既に自然界にある素材を別のモノに混入することは安全」という寛容な見解をFDAが示しており、厳しい規制は行われていない。

調べによると、'99年の遺伝子組み換え穀類は米国穀類の25%を占め、その中にコーン35%、大豆55%が含まれているといわれる。だが、最近では、遺伝子組み換え食品に対して世論は厳しさを増しており、「ラベル表示の無い遺伝子組み換え食品の販売は合法か」との質問に79%が「ノー」と答えている(USA WEEKENDによる調査)。
また、ロイターなどが行った世論調査では、1,210人の回答者の3分の1が遺伝子組み換え作物の生産を許可すべきではないと回答しているという。

米国では'96年から、遺伝子組み換え技術を使った種子を発売しており、現在では栽培されている大豆の50%以上、トウモロコシの30%がそれを使っている。しかし、昨年、米国トウモロコシ生産者協会は「消費者から敬遠されている作物を作っても仕方がない。遺伝子組み換え種子を使わない方向を検討するように」と警告。世界で栽培される遺伝子組み換え作物の4分の3を生産する米国にも陰りが見えてきた。
遺伝子組み換え食品のこうしたイメージを払拭するために、現在、大手の遺伝子組み換え食品企業は、消費者サイドに立ち、「栄養強化」という側面での遺伝子組み換え食品の生産に方向転換しつつあるという。

新世紀、30年後には人口増加による食糧危機という事態が大きな口を開けて待ちうけている。飢餓を救うのは食糧増産しかなく、そのために遺伝子組み換え技術が必要というのであれば、今後数十年かけて、人類は自身の体で遺伝子組み換え食品の検証を行うという道を選ばざるを得ない。

30年後、はたして遺伝子組み換え食品は飢餓を救う救世主となり得るのか。あるいはいたずらに人類の身体を蝕んだ禍根の種として受け継がれていくだけにすぎないのか。

活性酸素の発生を抑えると寿命が延びる

また、軽部氏は講演の中で、老化のメカニズムを説き、寿命を延ばすための要因を幾つか挙げた。その中で、活性酸素の発生がこれに大きく関与するとして次のように述べた。

「細胞の老化に活性酸素が関わっている。深呼吸しただけでも体内に2%は発生する。活性酸素はばい菌を殺したり重要な働きをするが、余ると問題を起こす」。過剰な活性酸素は遺伝子DNAを傷つけ、がん、心筋梗塞、脳卒中、リューマチ、動脈硬化など生活習慣病を引き起こすという。「冬眠した動物は長生きする。これは活性酸素の発生を抑えるため。米国では科学者たちが人間を冬眠させようと研究している」

ただし、身体には活性酸素を排除する防衛機能も備わっている---。
「これがスーパーオキシドディスムターゼ。SOD。若いうちは十分に作られるが、歳をとるに従って、作られる量が減ってくる。このことがいろいろな問題を起こす」。

活性酸素を除去する作用は食品にもある。抗酸化作用のあるビタミンCやEを多く含む食材がそれだ。果物や緑黄色野菜に含まれるカロチノイド(色素)も役に立つ。ただし、気を付けなければならないのは、農薬散布された食材だと、それが逆に活性酸素を過剰に発生させかねない。

カロリーを制限すると老化が遅れる

また、活性酸素の発生と関連して、「低カロリー食が寿命を延ばす要因でもある」と軽部氏はいう。 「平均寿命が23ケ月、最長でも33ケ月しか生きられないネズミに30%くらいカロリーを下げた食餌制限をしたところ、平均寿命が1年くらい延びた。たった3年しか生きないネズミが1年伸びた。ラット特有なのかというとそうではない。グッピーという魚で実験しても同じ結果が出た」。

これと同様の研究結果が、Science誌'99年/8月号でも紹介されている。カロリー摂取量を減らしたネズミは他のネズミと比べ、50%も長く生きたという。これは、遺伝子の老化が遅くなるためとされている。

記事によると、30ヶ月間、栄養素はそのままでカロリーのみ減少させた餌を与えたネズミと、カロリーも栄養素も正常のままのネズミのグループとを比較したという。

研究では、ネズミの筋肉の6,347種の遺伝子の内100種以上が年齢により、活動が活発化したり低下したりすることが判っているが、正常に餌を摂取したネズミは活性酸素により遺伝子がダメージを受けていたものの、低カロリーのネズミの場合、遺伝子が活発に働き続けていたという。ネズミの筋肉におけるこうした遺伝子の変化は、脳や心臓においても同様であると推定されるという。

「飽食」か「適食」か、地球レベルの問題に

カロリーを制限すると老化の速度が遅くなるという。 「最も長寿な職業は禅宗の僧侶。解脱してから1,800キロカロリーくらいしか摂らない。長生きなのはこの1,800キロカロリーくらいの食事のためかも知れない」(軽部氏)。カロリー制限すると、活性酸素が出にくくなり、老化の速度が遅くなるためという。

低カロリー食の効用は寿命を延ばすこと以外にもさまざまな疾病の改善にも関与しているといわれる。「赤毛ザルに低カロリー食を与えると血圧、血糖値が低くなる」と軽部氏。
またAnnals of Neurology誌'98年1月号でも、食事の量を少なめに抑えると、アルツハイマー病、パーキンソン病といった老化が原因の脳疾患を予防できると報じている。
ケンタッキー大学の研究グループが、ラットに与える餌を1日ごとにし、通常に餌を与えられたラットと比べ、カロリー摂取を30%少なくし、それを数ヶ月続けた後、アルツハイマー病と同じ脳変性を起こす毒性物質をラットに投与し、その後の経緯を見たところ、餌を制限されたラットは毒物に対する耐性が強く現れたという。また学習や記憶分野に関連する脳の海馬の変性をあまり受けていなかったという。

活性酸素の発生という観点から、寿命に「節食」が深く関与していることは、こうしたラット実験でも明らかになっている。このままカロリーを摂り続け、将来への不安を残しながら、遺伝子組み換え技術で30年後の食糧危機に備えるか。あるいはカロリーを下げた「適食」で長寿への夢をつなぐか。「飽食」か「適食」か。選択を迫られる時期にきている。

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