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急ピッチで進むヒトゲノム(遺伝子情報)解析
〜21世紀は"オーダーメイド医療"に

4月6日、厚生年金会館ホールで、第11回NTTサイエンスフォーラム「21世紀の先端医療--ゲノムの解読は何をもたらすか?」が開催された。今、医療の分野でヒトゲノム(ヒト遺伝子情報)解析が世界的な関心事となっている。ゲノムが解読されることで、個々に最も適した医療--オーダーメイド医療--が受けられるようになるという。ゲノム解析ははたして医療の理想形をもたらすのか。

身体を調節している仕組みの9割以上がまだわからない

がんに罹ったとする。
医師の診断のもとに抗がん剤が投与される。
しかしながら、「薬が効くのか効かないのかわからない。大部分の患者さんは副作用に苦しむ。その副作用も個人個人によって強さが違い、ある患者さんはとんでもない副作用を引き起こす。

20年近く前の話ですが、そうした医療が依然として現在も続けられている」。講演の中で、中村祐輔氏(ヒトゲノム解析センターセンター長)は、現代医療の現状をそう指摘した。

抗がん剤投与の際、それが個々にどのように作用するのか、判断がつきかねるという。
何故か----。
「我々の身体には10万種類の遺伝子が存在するが、働きがわかっているのはわずか10%、約1万種類にすぎない。90%の遺伝子の情報、つまり我々の身体を調節している仕組みの90%以上がまだわかっていない。わかっていないものに基づいて医療が行われている。我々が予知し得ないことがおこっても不思議ではない」(同)。

当日、中村祐輔氏が「21世紀のオーダーメイド医療」と題して講演。他に、「ゲノム情報の医療への応用と医学倫理」(高久史麿 自治医科大学学長)、「ゲノム情報に基づく細胞の再構築にむけて」(富田勝 慶応義塾大環境情報学部教授)などの講演が行われた。

オーダーメイド医療で、薬品の副作用は未然に防げる

現在、医療分野で世界的な関心事になっているゲノム(全遺伝情報)解析。2003年までにヒトゲノム(ヒト遺伝子情報)の全容が明らかになるといわれる。日本の厚生省は、今年度より、ゲノム解析により疾病の原因解明や医薬品の開発をめざす「ミレニアム計画」をスタートさせた。また4月に、国民がんセンターでも「疾病ゲノムセンター」をセンター内に設置、遺伝子情報の解析やデータベース化を行うなど大がかりな取り組みを開始した。

このゲノム解析により、従来の医療が大きく変わるといわれている。キーワードは"オーダーメイド"。つまり、"個人の遺伝子情報に基づく医療"が行われるようになるという。

ゲノム解析による"オーダーメイド医療"。一体どのようなものなのか。
中村氏の表現を要約するとこういうことだ。診断により病名がついたとする。ゲノム解析により、診断を詳細にする。そして、薬を選ぶ。その際、患者の薬の解毒情報を考慮に入れて量を調整する。そこでは個人の遺伝子情報に基づいた処方が行われ、薬の投与の是非、あるいは投与量が的確に判断され、副作用を未然に防ぐことができるという。

これまでの薬の副作用は、こうした個々人のゲノム解析が出来ていなかったことに起因するという。個々において的確な投与量が把握できなかったことによるという。

「薬というのはどの薬も両刃の剣です。量を超えてしまうと毒になってしまいます。投与する側、つまり医者が意図していなくても、患者さんによっては処理しきれなくて非常にたくさんの薬を与えられるのと同じような現象を引き起こし、副作用を起こすということがあります」(同)。

ゲノム研究を通して理屈に合った診断法・治療法を開発する

ゲノムとは、また遺伝子とは一体どのようなものなのか。
遺伝子すべて(あるいはそれ以外のものあるが)含めてゲノムという。わかりやすくいうと、生命の設計図。ヒトの場合、24種類の染色体にこの設計図が書き込まれている。ゲノムの本体はDNAで、我々の身体の細胞には両親から受け継いだ60億の遺伝暗号文字が存在する。
遺伝子というのは、どのような蛋白質を作るかという情報が記録されている一つ一つの単位。我々の身体には10万種類の遺伝子が存在し、これに基づいて、10万種類の蛋白質が作られる。

ところで、遺伝暗号文字は誰も同じというわけではなく、この違いが個々人の薬の効き目や副作用の差となって現れるという。「遺伝暗号の違いによって薬の解毒のされ方が10倍から数10倍違うという報告が出ています。なぜかというと我々の持っている遺伝暗号はみな同じではなくて、少しづつ違う場所があります。それが抗がん剤の解毒に関係するような遺伝子に起こった場合にはとんでもない副作用につながるわけで、このようなことを考えて薬の量を調節していくということが非常に重要になってきます」(同)。

また薬剤の開発についても次のように言及する。「ゲノム研究を通して病気の原因が解明されます。病気の原因が解明されれば非常に理屈に合った診断法・治療法の開発が進みます。それをエビデンスに基づいた薬剤開発といいますが、病気の原因を的確にとらえた形での薬剤開発という方向に変わっていきます」(同)。

病気になる年齢を遅らせることも可能に

従来の統計的な試験結果を個人に当てはめた医療は、薬剤投与にしても、効き目や副作用の予測がつかないものであった。「20世紀の医療というのは白黒のTVを見ているようなもの。これはバラであるということがわかっても、ピンクなのか黄色なのか赤なのかわからない」(同)。それが、21世紀には個々の遺伝子情報を解析し、個性を見極めた上での薬剤投与となり、精度を高めた医療に変わるということである。

もう一つ、ゲノム研究の成果で見逃せないのが予防医学としての役割だ。個々人の遺伝子情報が解読されることで、予め将来罹患しやすい疾病の予測がつくということがいえる。「個人個人が病気のリスクを知ることによってライフスタイルに注意する、そうすることによって病気を予防する、あるいは病気になる年齢を遅らせるということも可能」(同)。

ゲノム解読の進展により、人体という闇の全容が明らかになろうとしている。しかし、それがこのブラックボックスを解読する全てなのか。WHO(世界保健機構)は、スピリチュアル(精神性)な面も健康の定義に挙げているが、疾病改善においては、心の領域の解読もあわせて必要となろう。

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