日本人は欧米人と違い、虚血性心疾患になりにくいのか
戦後、日本では食の欧米化が進み、がんや糖尿病など欧米型の疾患の増加が懸念された。とくに80年代後半から90年代前半にかけて、日本にバブル景気が到来、食の欧米化にいっそう拍車がかかった。
実際にこの時期、日本人のコレステロール値も上昇傾向を辿っている。これにより、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患が増えることが危惧された。
欧米では、死亡原因の第一位が虚血性心疾患で、がんを抜いている。日本では、1965年代、脳卒中(脳血管疾患)が死亡原因の第1位、第2位ががん、第3位が虚血性心疾患と続いた。1980年になる前にがんが死亡原因の第1位となり、その後、脳卒中は右肩下がりで低下していった。
日本で90年代以降の食の欧米化の加速から、欧米のように虚血性心疾患ががんを上回ることも懸念された。しかし、その後も虚血性心疾患ががんを上回り、死亡原因の第1位になったことはない。
欧米では虚血性心疾患で亡くなる人が非常に多いが、なぜ日本はそうではないのか、このことが専門家の間で長い間注目されてきた。
はたして、日本人は欧米人と違い、遺伝的に虚血性心疾患になりにくいのか。
コレステロール対策、米国は穀物による食物繊維の摂取で対処
ところで、虚血性心疾患の最大のリスクファクターとしてこれまでコレステロールとの関連が指摘されてきた。
米国では、虚血性心疾患による死亡を防ぐために、脂肪の摂取を控え、代わりに穀物をしっかり摂るよう運動を展開してきた。
スーパーでは低脂肪牛乳が売られ、炭水化物食品の重要性が指摘された。ご飯やパン、イモ、シリアルを食べることを薦め、食物繊維を多く含むシリアル食品がアメリカ人の朝食の半分以上を占めるようになってきた。
当時、カリフォルニアで行った米国の小中学生を対象にした調査では、45%が朝食はフレークに牛乳をかけて食べるといった結果も出ている。
また米国がん協会でも、米国の児童(2歳-18歳)4千8人を対象に、1989年から91年までの間に食べた食品20品目について調査。
その結果、ビタミンA、鉄分、葉酸などの栄養素をシリアルから最も多く摂っていたことが判ったと報告している。
1989年から91年といえば、日本ではバブル経済の真っ只中、食の欧米化にいっそう拍車がかかった頃である。その頃、日本の若年層はハンバーガーに代表されるようなジャンクフードを日々摂っていたわけだが、米国の若年層は食物繊維の多い未精製穀類に高い関心を払い、健康管理を行っていたというわけである。
その結果、米国は脂肪の摂取量が日本以上であったが、米国の若年層は日本と比べコレステロール値が低いという、逆転現象すら生じていた。
これにより、専門家らは、日本の若年層は20年、30年後に動脈硬化が進み、40歳前後から心筋梗塞になる確率が非常に高まると警鐘を鳴らしていた。
コレステロールと一緒に摂取する脂肪酸が問題
コレステロールと虚血性心疾患との関連については、これまでさまざまな調査が行われている。
中でも有名なのが、「7か国調査」。これは1960年代から25年間「北米・米国・セルビア・南欧(内陸部・地中海沿岸)・日本」の7カ国に住む人のコレステロール値と虚血性心疾患死亡率の関係を追跡調査したもの。
これによると、日本人の血中コレステロール値は他の6か国の人と比較しても明らかに低く、この調査結果によって「コレステロールが良くないのではないか」と注目されるようになった。
また、1980年から19年間の追跡調査でも総コレステロール値が220〜240を超えてくると虚血性心疾患のリスクが高まるという相関関係が見られた。
しかし食事内容を日・米・英で比較すると、食事の中に含まれるコテステロールの量に大差はなく、むしろ日本人(和食)が最もコレステロールを摂取していることもわかったという。
ただし、コレステロールの摂取源に違いがあり、日本人は「卵・魚介・肉」の順番でコレステロールを摂取しているが、米・英人は「肉・卵・乳製品」からコレステロールを摂取しており、魚介からの摂取がほとんど無いという特徴があったという。
つまりコレステロールをどれくらい摂取するか、というより、コレステロールと一緒に摂取する脂肪酸が問題なのではないか、と考えられるようになったと岡村氏。
「コレステロール値が高いと虚血性心疾患のリスクが増大する」わけでもない
この視点から日本人、米・英人の飽和脂肪酸摂取量と多過不飽和脂肪酸(必須脂肪酸)の摂取量などを調査した。
すると、米・英人の飽和脂肪酸摂取量は明らかに日本人と比べて多く、やはりコレステロールをどの脂肪酸とともに摂取するかの方が重要視されるようになってきたという。
「コレステロール値が高いと虚血性心疾患のリスクが増大する」というのは疫学的には嘘ではない。しかし「絶対」的なものでもなく、コレステロール値以外の原因があるはずだ、と岡村氏はいう。
日本人、日系米国人、米国人白人の40代男性の3の集団を対象に頸動脈の肥厚と動脈硬化について比較した調査がある。
この3グループの総コレステロール値にはほとんど差がないが、日本人以外の2つのグループでは頸動脈の肥厚と動脈硬化が進んでおり、環境差が推測されたという。
しかもこの3グループで喫煙率が最も高かったのが日本人で、血動脈硬化を促進するリスク因子が食事からも生活習慣からも最も高かったのが日本人男性だったという。
一方、この3グループでBMI値を比較すると日本人が平均23.6であったのに対し、残りの2グループは平均27.9と肥満グループになり、血中成分を比較すると日本人とそれ以外の集団で差となって現れるのが「n-3系脂肪酸」と「イソフラボン」であった。
日本人の40代男性は、コレステロールも欧米人と同じくらい摂取していたり、喫煙率も欧米人より高い。しかし日頃から、魚や大豆製品を摂る習慣が日本人男性の肥満の抑制に貢献しているのではないか。
血中のn-3系脂肪酸やイソフラボン値が高いということが虚血性心疾患のリスクを低減させている可能性が十分あるのではないか、と岡村氏はいう。
日米でコレステロールの摂取基準を除外
ところで、米国で今年1月初旬、「2015年版アメリカ人のための栄養ガイドライン」が発表された。
同ガイドラインは、医師や科学者などの専門家で構成された諮問委員会が、食について最新の研究報告を検証した報告書がベースになっている。5年ごとに改訂され、政府の栄養政策や食品表示など幅広く影響を与えている。
同ガイドラインでは、生涯を通じて健康な食生活を送る、栄養素や摂取量を重視する、添加糖分や飽和脂肪、塩分の摂取を制限する、などの5つの柱から成っている。
コレステロールの摂取については、前回の2010年版では食事からのコレステロールの1日の摂取量を300mg以下と制限していた。しかし、今回のガイドラインではこの制限が除外されている。
コレステロールに関しては、奇しくも、日本でも2015年度の「食事摂取基準」からコレステロールの目標量が削除されている。
これに関して、近年、「総コレステロール値が高いと総死亡率が高まる」と一般にいわれてきたが、これに誤りがあるのではないかということが、日本脂質栄養学会などで指摘されてきた経緯がある。
これまで、「いわゆる悪玉といわれるLDL−コレステロールは140mg/dL以下に、総コレステロールは220mg/dL以下に」といったことが定説になっていた。
しかし、総コレステロール値が高いと総死亡率がどうなるかについてのデータは全く示されておらず、「総コレステロール値が高いと総死亡率が高まる」ということではない。
実際はその逆で、「総コレステロール値あるいはLDL-コレステロール値が高いと、日本では総死亡率が低下する」「総コレステロール値が高い方が長生きする」といったことを、日本脂質栄養学会などでも指摘しており、そのことは、専門家の間では10数年も前から分かっていたとしている。
実際には、「疫学研究でみると、最も死亡率が低いのは総コレステロールが240から259の層で、基準値より20以上高い。コレステロールが高めの層がいちばん長寿」としている。
コレステロール論争に終止符か
近年、こうしたことが明らかになり、コレステロール論争にも終止符が打たれようとしている。これまで問題視され、悪玉とされてきやLDLコレステロールとは一体どのようなものか---。
体内でのコレステロール生成のメカニズムは次のようなものだ。
コレステロールは食品から2割、肝臓で8割が作られる。肝臓で作られ各組織へ運ばれるコレステロールがLDLで、細胞膜を合成する。一方、各組織が新陳代謝で古くなった細胞を再生、コレステロールが取り出され、肝臓に戻されるのがHDL。
食品から摂るコレステロールが増えたとしても、肝臓は少し休むだけで、血液中のコレステロールレベルは一定に保たれる。胆汁や男性・女性ホルモンもコレステロールが材料になる。
LDLコレステロールは、生理学的には体に必須のコレステロールで、普通の人では食品からの摂り過ぎは起こらない。LDLコレステロールは体内で重要な役割をしており、HDLが善玉、LDLが悪玉ということでは決してない。
LDLコレステロールは加齢とともに増えるが、これは細胞膜の強化や免疫力の低下を補うためでもある。
「男性では100mg/dL未満、女性では120mg/dLで急激に死亡率が上昇している。男女ともLDLコレステロールの高い人のほうが死亡率も低く、長生き」と日本脂質栄養学会では主張している。