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国際放射線防護委員会の基準値はいかに策定されているか(2) 7月26日、食品安全委員会は厚生労働省への答申として、「悪影響が見出されるのは生涯の累積で100mSv以上」とする案をまとめた。平時の自然放射線は除くもので、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告である平常時の安全基準値、1mSv/年末満に沿った形となっている。ただ、ICRPが安全基準値策定の根拠とする、しきい値無し直線仮説(LNT仮説)については、科学的根拠が無いことなどが問題視されている。
国際放射線防護委員会(ICRP)、「直線仮説」という推論で基準値を策定
現在、ICRPの勧告で、平常時の安全基準値は、1mSv/年末満となっている。基準値の策定については、「直線的無閾値仮説」、いわゆる、しきい値無し直線仮説(Linear Non-Threshold:LNT仮説)に基づいている。放射線はたとえ微量でも有害で、直線的な比例関係にあり、脱毛や白血球の減少、白内障などはしきい値があるものの、発ガンや遺伝子的影響についてはしきい値はないものと仮定する、としている。いわゆる、安全な線量域はない、とみなすということである。 「直線仮説」、DNA修復機能のないハエを用いた実験から誕生 この説のもとになっているのが、1927年のH.J.Mullerの雄のショウジョウバエに]線を照射し、突然変異リスクを調べた実験である。ショウジョウバエにさまざまなレベルの放射線を照射したところ、レベルに比例して2代目、3代目に奇形や障害が現れたという。しかし、この実験で用いたショウジョウバエの精子細胞は特殊なDNA修復機能のない細胞であった。 また、1930年に、C.P.Oliverもショウジョウバエの雄の精子を用いた実験を行っているが、この実験でも、精子のほとんどが成熟精子でDNA修復機能のない特殊な細胞を使っている。もともとDNA修復機能のない細胞である。安全な線量域など存在しないという結論に当然至る。 ちなみに、2006年に、電力中央研究所でOliverの実験の追試をしているが、DNA修復機能のある細胞を用いたところ、実質的なしきい値が存在することが確認されている。 ともあれ、H.J.Muller は、「放射線は微量でも毒であり、有害性は直線的な比例関係にある」とする「直線仮説」を提唱し、1946年に、他の遺伝子学上の業績と併せノーベル生理学・医学賞を受賞する。 1946年というと、広島・長崎の原爆投下の翌年である。 その後、世界的な反原発運動の流れの中で、「直線仮説」が支持され、1959年には、ICRPに正式に採択される。以来、50年間、「直線仮説」が放射線防護の国際的な安全基準値策定の根拠となる。 微量放射線、健康に有害どころかむしろ有益 「直線仮説」の問題点は、1)DNA修復機能のないショウジョウバエの細胞を用いた実験 2)高い線量域の有害性を低い線量域も同様とみなしていること、にある。 広島・長崎の原爆投下は1秒に8〜10グレイ(Gy)という、自然放射線の10億倍以上の線量率であったといわれる。こうした高線量下では、甚大な健康被害がもたらされるが、低い線量下においても同様のことが生じるのか。単に、高線量域の放射線の有害性を低線量域に外挿した推論でしかないと、放射線医学の研究者たちからは当然批判の声が挙がる。 こうした疑問に一石を投じたのが、元ミズーリ大学教授のトーマス・D・ラッキー博士であった。ラッキー博士はNASAの依頼でアポロ計画(1961〜1972〉に参画、地上の100倍ともいわれる放射線(宇宙線)被曝の研究を行い、1982年12月、「Health Physics Journal」(米国保健物理学会誌1982.12号)に論文を発表する。内容は、「微量の放射線は免疫力を高め、生殖力など生命活動を向上させる」というものであった。しかし、ICRPがそれを認めることはなかった。 後に、ラッキー博士の説は、「放射線ホルミシス」(ギリシャ語の”ホルメ(刺激する〉”に由来)と呼ばれるようになる。 このラッキー博士の論文を、当時、電力中央研究所の原子力部長であった服部禎男氏が目にする。「これまで放射線がいかに危険なものであるか教え込まれてきた。にもかかわらず、まるで正反対のことが示されている」。服部氏は怒りも似た感情を覚えたという。すぐに米国エネルギー省に検証の要望書を突きつける。これを受け、1985年、100名を超える専門家がオークランドに集まり、「放射線ホルミシス第一回国際シンポジウム」が開催された。結果、米国エネルギー省もラッキー博士の説に科学的な誤りはないと認め、日本でラッキー博士と供に「放射線ホルミシス」研究がスタートする。 日本で10年以上にわたる低線量域の研究、抗老化やガン抑制、免疫活性など明らかに そうした最中、1986年に、史上最悪ともいわれるチェルノブイリ原発事故が発生する。それまで金科玉条のごとく放射線医学の世界に君臨していた「直線仮説」だが、20世紀最大の科学的スキャンダル、と糾弾されるほどの大きな不幸がこれによりもたらされた。「放射線はともかく微量でも毒」とまともに信じ込んだヨーロッパの10万人にものぼる人々が人工流産をしたといわれる。 また、経済的損失も多大なものとなった。チェルノブイリ事故により、放射線量が6〜60mSv/年と予測された地域から27万人以上の人々を強制移住させた。 そうした一方で、ブラックボックス扱いにされていた低線量域(〜200mSv)の研究が、日本で服部氏を中心に精力的に進められる。 1988年には、電力中央研究所と岡山大学医学部が共同で放射線ホルミシスの研究を開始し、東大、京大、阪大など14大学で10年以上にわたる動物実験を行い、1995年までに、放射線の低線量・低線量率(少しの放射線を少しづつ照射)の研究で、老化抑制、抗酸化、がん抑制、免疫活性など人体への有益性が次々に明らかになっていく。 ヒトの細胞、毎日100万件のDNA修復活動 日本での10年以上におよぶ低線量域の研究は世界的にも注目され、放射線医学の研究者らを次なるステージへと向かわせることになる。 1995年、DNA研究核医学会の大御所カリフォルニア大学名誉教授のマイロン・ポリコープ博士と放射線分子生物学の創設者ルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博士(ドイツユーリッヒ研究所長)の2人がワシントンD.Cに移住し、論文作成で共同研究にとりかかる。 翌1996年、2人が発表した論文は、ヒトのDNA修復についての新たな論戦を提起するものとなった。内容は、「ヒトの細胞は活性酸素との戦いで、1個の細胞あたり毎日100万件のDNA修復活動を行っており、活性酸素との戦いは自然放射線の1000万倍のレベルでなされている」というものであった。 この衝撃的な内容により、翌1997年秋、スペインのセビリアで急遽、会議が開かれることになる。会議(WHO/IAEA共催)には、ICRP委員長以下650名が参加、1週間に及び、DNA修復についての問題提起がICRPに対し行われた。 翌1998年、フランス医科学アカデミーのモーリス・チュビアーナ博士はEUの科学者らと、ヒトの細胞に対し、さまざまな線量率でガンマ線照射実験を試み、その結果を2001年6月にダブリン(アイルランド)で次のように発表した。 「10mSv/h以下の放射線照射で人体細胞のがん化はあり得ない。さらにがん抑制遺伝子p53の活性化によるアポトーシス(異常細胞の除去)もあり、10mSv/h以下の照射を長時間受けても、ヒトのからだの細胞はパーフェクトで、発ガンなど考える必要はない。このことは100mSv/h以下でもいえるかもしれない」。 DNA損傷修復活動の最適値、自然放射線(0.2μSv/h)の10万倍の20mSv/h チュビアーナ博士はその功績を讃えられ、2007年に世界的に名誉のあるマリー・キュリー賞が贈られる。その受賞の席で紹介したのが、ヴィレンチック論文(2006年米国科学アカデミーに発表)であった。 ヴィレンチック論文は、広範囲の線量率での細胞実験のDNA損傷修復を明らかにしたもので、放射線に弱い精源細胞を用い、DNA損傷修復活動の最高値を求めたところ自然放射線(0.2μSv/h)の10万倍の20mSv/hであること、さらにDNA修復活動の限界については自然放射線の3000万倍の6Sv/h(6,000mSv/h)以上、10Sv/h(10,000mSv/h)あたりにあることを確かめている。 これが、1927年にH.J.Mullerが雄のDNA修復機能の無いショウジョウバエを使った実験から打ち立てた「直線仮説」に対し、この10数年、放射線医学の世界的権威らが徹底検証し明らかにしたヒトのDNA修復機能の最新の科学データである。ICRPではいまだに「直線仮説」に固執し、放射線に安全域は無いと譲らず、平常時1mSv/年末満としている。 マスコミ報道の何が問題かというと、こうした最新のデータに裏打ちされていない、化石のような仮説による基準値に何も疑問を抱かず、大騒ぎしていることである。ヒトはDNA修復機能の無いハエではない。 活性酸素で、1Sv/h(1,000mSv/h)レベルの戦いに習熟 チュビアーナ博士らが明らかにしたヒトのDNA損傷修復機能をまとめると、10mSv/h以下の長時間照射でも発ガンなど考える必要はない。それは100mSv/h以下でもいえるかもしれない。DNA損傷修復活動の最高値は20mSv/h、限界は6Sv/h(6,000mSv/h)〜10Sv/h(10,000mSv/h)あたり、ということである。 これを現在の福島の状況でみると、年間20mSvで「避難区域内・外」が仕切られているが、一度にそれだけ浴びたとしても、DNA修復にとってそれは最適な値ということになる。 さらにいえば、ヒトは日々活性酸素との戦いで、DNA損傷修復にも慣れている。活性酸素はヒトの細胞のミトコンドリアでエネルギーが作られる際に発生するが、農薬や食品添加物などの解毒(薬物代謝)、喫煙や紫外線でも生じる。活性酸素は体内からの攻撃である。 いわゆる、内部被曝によるDNA損傷のようなものだが、マイロン・ポリコープ博士らは、「ヒトの細胞は活性酸素との戦いで、1個の細胞あたり毎日100万件のDNA修復活動を行っている。活性酸素との戦いは自然放射線の1000万倍のレベル」と指摘している。つまり、日々の活性酸素との戦いで、1Sv/h(1,000mSv/h=1,000,000μSv/h)レベルに対するDNA損傷修復にヒトは最も習熟しているということである。 ちなみに、1999年の東海村JOC事故では2人が死亡し、1人が助かっている。死亡した1人は、16Sv/h(16,000mSv/h)〜20Sv/h(20,000mSv/h)、もう1人は6Sv/h(6,000mSv/h)〜10Sv/h(10,000mSv/h)の被曝であった。助かった1人は、1Sv/h(1,000mSv/h)〜4.5Sv/h(4,500mSv/h)であった。 玉川温泉や三朝温泉、ガンや難病治癒で放射線が貢献 安全基準値年間1mSv未満を掲げるICRPだが、すでにヒトは、宇宙や大地から自然放射線を浴び、食物から放射性物質を取り込んでいる。年間平均で日本は1.5mSv、世界平均では2.4mSvにもなる。栄養素のカリウムは、体内で放射性カリウム40として、毎秒3000個から放射線を発する。いわゆる内部被曝に相当するが、これが年間約0.2mSvにもなる。 太古よりヒトは日々の暮らしの中で、放射性物質や放射線と共存関係にある。逆に放射線を限りなくゼロにすると何が起きるか。フランスのプラネルや日本の加藤幸弘氏らの実験で、自然放射線を遮断した鉛壁の金庫にゾウリムシを飼育すると、増殖率が低下することが報告されている。 放射線は低量であればむしろ人体に有益であることが、さまざまな疫学でも明らかになっている。日本では玉川温泉や三朝温泉のラドンガスの効果がよく知られている。 三朝温泉地区はラジウムやトリウムなど放射性物質を含む花崗岩が土壌に多い。 ここで浴びる放射線は年間で4-5mSv。三朝温泉では岡山大学三朝医療センターと共同でガンや難治性の疾患の改善に取り組んでいるが、37年間の疫学調査では、全国および温泉地区周辺と温泉地区との比較で、とくに温泉地区のほうが全ガン、肺ガンなどの死亡率が半分近く少ないことが明らかになっている。 玉川温泉は北投石のラジウムによる岩盤浴で知られるが、ガンや難病の療養で全国から年間25万人が詰めかける。オーストリアのアルプス山系にあるバドガシュタイン温泉では自然界の3000倍といわれるラドンガスを浴びる。国営の病院が併設され、オーストリアやドイツでは健康保険が適用され、療養で長期滞在する人々も多い。 中国陽江地区は5.4mSv/年、ここでは中国の他の地域に比べ、肺ガン死亡率が73%、胃ガンは48%と低いことが報告されている。ブラジルのグアラパリにあるアレイアプレタ(黒砂)ビーチは年間で10mSv。ここも腰痛やリウマチに効くリゾート地として評判になっている。 今さら、「直線仮説」が誤りだったと誰が言えるか、それをいえば社会は大混乱を起こす
1927年にH.J.Mullerが提唱した「直線仮説」がいまだに放射線医学の世界を支配していることについて、服部禎男氏はあるインタビューの中で次のように述べている。 「直線仮説」に基づいたICRPの基準値のカラクリを知らず、「放射能の恐怖」に怯える日本人。日本人はDNA修復機能の無いショウジョウバエなのか。 ・
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