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国際放射線防護委員会の基準値はいかに策定されているか(1)
50年来、「直線仮説(LNT仮説)」という推論で基準値を策定

福島の生徒の屋外活動が20mSv/年に設定されたとして、波紋が広がっている。政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の2009年の安全基準値勧告である、原発事故の収束後1〜20mSv/年、事故後の緊急時20〜100mSvにおいて、20mSv/年を目安に避難区域内・外を決めたが、避難区域外の20mSv/年があたかも福島の生徒の屋外活動の基準値であるかのごとくメディアで喧伝されている。

100mSv/年以下、発がんや遺伝的影響で明確なデータ無し

年間の放射線の累積が20mSvを超える地域。当面、政府はそこを「計画的避難区域」と定めた。国際放射線防護委員会(ICRP)の2009年の安全基準値勧告である、原発事故の収束後1〜20mSv/年、事故後の緊急時20〜100mSv/年に則り、避難区域内・外を20mSv/年で区切った。

広島・長崎の原爆被爆者12万人を対象とした戦後50年以上の調査では、100mSv/年以下で、発がんや遺伝的影響などの明確なデータは得られていないという。また、子供の放射線によるがんリスクは大人の2〜3倍とされるが、100mSv以下でははっきりとした健康への影響は出ていないともいわれる。

これらを考慮したのか、政府は福島県の生徒の屋外活動の基準を策定したが、これに対し、4月29日、元内閣官房参与の小佐古敏荘氏(東大教授)がTVの記者会見で、「文部科学省が採用した放射線の年間被曝量20ミリシーベルトという屋外活動制限基準はとんでもなく高い数値であり、容認したら私の学者生命は終わり。自分の子どもをそんな目にあわせるのは絶対に嫌だ」と涙ながらに訴え、辞意を表明した。校庭の線量基準は1mSv/年とすべきで、特殊な例でも5mSv/年。20mSvは緊急時1、2週間の数値で、数カ月間は最大10mSvとしても、通常は避けるべき、とした。

この計算式のどこが、屋外活動制限基準20ミリシーベルトなのか?

小佐古氏は広島出身で国際放射線防護委員会(ICRP)の委員を12年間務めたという。基準値の策定では、専門家の間でも意見が分かれたという。

小佐古氏の記者会見を見ると、屋外活動基準値が年間20mSvというふうにとれるが、実際には政府の基準値策定の計算式は下記のようになっていた。
平成23年4月19日文部科学省・厚生労働省 避難区域等の外の地域の学校等の校舎・校庭等の利用判断に係る暫定的考え方 >

この計算式で見る限り、屋外活動だけみると、(3.8μSv/h×8)×365=11.096 mSv/年。ただし、校庭の利用規準について、校庭の5カ所の線量の平均値が3.8μSv/hを超えた場合は、屋外活動が1日あたり1時間に制限されるため、実際は、(3.8μSv/h×1)×365=1.387mSv/年、さらにいえば、祝祭日、夏季休暇など除いた現実的な校庭利用を200日とすると、(3.8μSv/h×1)×200=0.76mSv/年、これが正味の数値である。実際には年間20mSvではなく、年間0.76mSv。ほぼ平常値といえる値である。

屋外基準値、1週間で日本の平均値1.5mSv/年以下に

今後、校庭については、表土除去も行われるであろう、雨風による放射性物質の減少もある。上下の土の入れ替えで10分の1に低下するともいわれる。実際に、表土除去で3.8μSv/hから0.9μSv/hまで下がった校舎もある。5月11日付けの朝日新聞によると、5月7日時点で基準値3.8μSv/hを上回ったのは1校のみという。仮に0.9μSv/hで最大8時間利用でも、(0.9μSv/h×8)×200=1.44mSv/年。実際には、4時間程度の使用と考えると、(0.9μSv/h×4)×200=0.72mSv/年。日本人が1年間に浴びる自然放射線量の平均値1.5mSvの半分になる。小佐古氏の涙の会見から1週間で問題は収束したことになる。

あのTVでの涙の会見はあまりにも誇張されすぎたものではなかったか。計算式を知らない多くの国民は額面通り、政府の方針を酷いととったに違いない。

屋外活動の基準値ではなく、生徒の居住地区の基準が20mSv/年

今度は、この計算式を、別の観点から検証してみる。

この計算式では、屋外に8時間、屋内に16時間、まるで生徒が学校に1年間住み込んだような見立てになっている。しかも、木造家屋。今時の校舎で木造などない。そう、これは学校周辺の地域に住む生徒の放射線環境を見立てたものだ。単に、生徒の屋外活動の基準値ではなく、生徒の居住区域の基準値の計算式であった。これが、あたかも屋外活動の基準値であるかのごとくすり替えられ、TV・新聞で喧伝された。

政府は年間20mSv超えを「避難区域」の目安にしている。当然、生徒は20mSv/年未満の「避難区域外」での居住となるが、20mSv/年に近い場所での居住でいいのか、ということが本来論点となるべきであった。

20mSv/年をあたかも校庭利用の基準値として挙げ、子供たちに酷いと、小佐古氏に同調する人々やTVのワイドショーで政府の方針を糾弾する政治家がいたが、これが倒閣に利用された節がある。人の生命に関わる、とくに放射性物質のような重要な案件を、政局に使い、国民を翻弄することなどあってはならないことだ。

政府は20mSv/年超えを目安に、「避難区域」「避難区域外」を分けている。政府もどこかで線引きせざるを得ないため、「避難区域外」で20mSv/年に近似の場所もあるかも知れない。そうした区域に子供たちを住まわせるのが酷いということであれば、家族で他の地へ移転するか、あるいは子供たちだけ他の地域に疎開させるしかない。

「子供たちの校庭利用規準20mSv/年の撤回を」と叫ぶ人々もいるが、政府は10mSv/年でも5mSv/年でも数字の上ではいくらでも下げられるであろう。ただ、そうなると、あの計算式でもわかるように、住民自らが居住地区から動かざるを得なくなってくる。あの20mSv/年は、校庭の利用規準値ではなく居住地区の基準値であるからだ。

また、小佐古氏の1mSv/年未満というのなら、「避難区域外」を20mSv/年から1mSv/年ラインにまで下げなければならなくなる。そうなると、人々は大挙して移動することを余議なくさせられる。氏の主張は、「計画的避難区域」を1mSv/年のラインまで広げよ、と同じことであるが、それは同時に、福島県が誰一人いない廃墟の地と化すことを意味する。これが、ICRPの放射性物質はたとえ微量でも毒とする「直線仮説」に基づいた愚かな過剰規制の本性である。

チェルノブイリ事故の際、放射線量が6〜60mSv/年と予測された地域から27万人以上も人々を強制的に移住させたという過去の愚行をICRPは再びおかそうとしている。広島・長崎の原爆被爆者12万人を対象とした戦後50年以上の調査では、100mSv/年以下で、発がんや遺伝的影響などの明確なデータは得られていない。そうした過去の疫学も、ヒステリックになった人々の耳には届きそうにない。

問題はICRPの提示する基準値がはたして妥当なものなのか、ということである。ICRPとはどのような組織で一体何を論拠に基準値を策定しているのか、ということだ。

今回、ICRP側である小佐古氏の要求は受け入れられず、排除される格好となった。そして、あの涙ながらの会見。しかし、あの小佐古氏の涙の意味は、子供たちへのヒューマニズム云々からではなく、ICRPの基準値が認められなかったことによる悔しさ、さらにいえばICRPの正当性を是が非でもアピールしたいがためのものではなかったか。

ではなぜ、小佐古氏がそこまでしなければいけなかったのか。実は、低線量域(〜200mSv)においては、逆に免疫活性やDNA修復能の向上など人体に有益であるという報告がこの30年で3000から挙がってきている。世界の放射線医学の潮流が、それを認めざるを得ない方向へと動きつつある。同時にそれは、ICRPがこれまで金科玉条としてきた「直線仮説」による基準値策定が根底から崩壊することを意味している。

ICRPの基準値策定、科学的根拠のない「直線仮説」に拠るもの

日本人は広島・長崎における原爆投下、さらにチェルノブイリ事故などの報道で核アレルギーが蔓延し、放射線や放射性物質に極めて敏感である。 安心の拠り所の一つがICRPの提示する基準値であろう。しかし、はたしてこれが何に基づいたものなのか。国民はICRPの提示する基準値をそのまま黙って押し頂いているが、それが本当に妥当といえるものなのか。

現在適用されている国際放射線防護委員会(ICRP)の2009年の放射線の安全基準値勧告は、平常時1mSv年未満とされている。ICRPの基準値の策定については、「直線的無閾値仮説」、いわゆる、しきい値無し直線仮説(Linear Non-Threshold : LNT仮説)を論拠としている。放射線はたとえ微量でも有害で、直線的な比例関係にあり、脱毛や白血球の減少、白内障などはしきい値(一定の線量)があるものの、発がんや遺伝子的影響についてはしきい値はないものと仮定する、としている。ICRPでは50年来、これに則っている。

しかしながら、この説については、高線量放射線の有害性のデータをそのまま低線量域に外挿したもので、科学的根拠のない推論であると、多くの専門家が指摘している。「低線量放射線の影響についてはよくわからないが、影響があると考えておいた方が安全側だという考え方に基づいたもので、科学的に解明されたものではないことから“仮説”と呼ばれている」(電力中央研 放射線安全研究センター)。

DNA修復能のないハエを用いた実験から「直線仮説」が誕生

この説の基となっているのが、1927年のH.J.Mullerが雄ショウジョウバエにX線照射し、突然変異リスクを調べた実験だが、ここで用いたショウジョウバエの雄の精子は、DNA修復力を持たない細胞であった。また、1930 年に、C.P. Oliver もショウジョウバエの雄の精子を用いた実験を行っているが、この実験でも、精子のほとんどが成熟精子でDNA 修復能のない特殊な細胞であることが指摘されている。もともとDNA修復能がない細胞を使っているわけであるから、高線量であれ低線量であれ有害で、しきい値など無し、との結論が出るのは当たり前である。ちなみに、2006年に、電力中央研究所でOliver の実験の追試をしているが、DNA修復機能のある細胞では実質的なしきい値が存在することが確認されている。

ともあれ、H.J.Mullerは、放射線は微量でも毒であり、有害性にしきい値は無い、とする説を提唱し、1946年には、他の遺伝子学上の業績とともにノーベル生理学・医学賞を受賞する。1959年には、この「直線仮説」がICRPに採択される。

低線量だと、逆にDNA修復能が向上

「直線仮説」は、上記のことからもすでに論拠が破綻していることがわかる。ヒトにはDNA 修復機能があることが、現代の細胞学では明らかになっている。ヒトの体内では1日あたり100万といわれるDNA損傷が修復されるが、修復されなかった異常細胞も、p53というがん抑制遺伝子によってアポトーシス(自爆)される。

一度に大量被曝すると、DNA損傷の修復が間に合わない。しかし、低線量だと、逆にDNA修復機能が向上しDNAが修復されることが分かっている。またアポトーシスも進み、異常細胞が残ることはないことが明らかになっている。

放射線基準は、H.J.Muller博士らのDNA修復能の無い細胞を用いた実験から、過剰規制へと大きく転換し、たとえ微量でも発がんや遺伝的影響への有害性は免れないという「直線仮説」が世界的に波及、定着していく。

チェルノブイリ事故の際には、これを妄信したことから、恐怖にかられた数万人の妊娠が人工流産をしたといわれている。これを20世紀最大の科学的スキャンダルと糾弾する科学者もいる。放射線医学の権威である近藤宗平博士は、過剰な放射線規制の弊害は放射線の害より桁違いに大きいと指摘している。

低線量・低線量率放射線、免疫強化やがん抑制など人体に有益

低線量・低線量率の放射線量域においては、この30年の検証で、DNA損傷の修復、SOD誘導、免疫強化、がん抑制など、人体に有益な側面があることが多くの研究で報告されている。「高線量・高線量率の放射線は人体に有害である。だから、当然、低線量・低線量率の放射線量においても有害である」とする「直線仮説」は完全に覆されつつある。

「直線仮説」の欺瞞。それを最初に指摘したのは、元ミズーリ大学教授のトーマス・D・ラッキー博士であった。ラッキー博士は、NASAの依頼でアポロ計画(1961〜1972)に参画し、宇宙飛行士たちが浴びることとなる、地上の100倍ともいわれる放射線(宇宙線)被曝に関する研究を行う。

ラッキー博士は、1982年12月、「Health Physics Journal」(米国保健物理学会誌1982.12号)に200もの参考資料を付けた論文を発表するが、その内容は、「微量の放射線は免疫力を高め、生殖力など生命活動を向上させる」というものだった。ラッキー博士の説は、「放射線ホルミシス」(ギリシャ語の"ホルメ(刺激する)"に由来)と名付けられる。しかし、1959年以降、「直線仮説」を採択していたICRPはラッキー博士の説を認めることはなかった。

その後、ラッキー博士の説の検証については、1985年に、100名を超える専門家がオークランドに集まり、「放射線ホルミシス・第一回国際シンポジウム」と呼ばれる会議で検討が行われる。

1988年には日本でも、電力中央研究所と岡山大学医学部が共同で放射線ホルミシスの研究を開始し、東大、京大、阪大など14大学で10年以上に渡る動物実験を行い、1995年までに、放射線の低線量域において、老化抑制、抗酸化、がん抑制、免疫活性などの有用性が報告される。

宇宙で地上の100倍もの放射線を浴びる宇宙飛行士たちは長命で元気

ICRPの2009年の放射線の安全基準値勧告では、緊急時20〜100mSv/年で、平常時は1mSv年未満。しかし、日本は福島原発事故が起きる以前から宇宙や大地から浴びる放射線、あるいは食物から取り込む放射性物質は年間平均で1.5mSv。世界平均では2.4mSv年。宇宙では地上の100倍もの放射線を浴びることになるが、皮肉にも、大量の放射線を浴びて帰還した宇宙飛行士たちは元気で、総じて長命であるといわれている。

三朝温泉地区はラジウムやトリウムなど放射性物質を含む花崗岩が土壌に多い。ここで浴びる放射線・放射性物質の累積は4-5mSv/年、当然、土壌からの作物や飲用での内部被曝もある。三朝温泉では岡山大学三朝医療センターと共同でがんや難治性の疾患に取り組んでいるが、近畿大学などの協力も得て、37年間の疫学調査を解析したところ、全国および温泉地区周辺と温泉地区との比較では、とくに温泉地区のほうが全がん、肺がんなどの死亡率が半分近いことが明らかになっている。他にも、中国陽江地区は5.4mSv/年、ここでは中国の他の地域に比べ、肺がん死亡率が73%、胃がんは48%と低いことが報告されている。

「直線仮説」を否定するかのように放射線・放射性物質の累積値が高いほどがんの発生率が低くなっている。わざわざ、がんを治すために、ラジウム温泉のメッカである、玉川温泉やオーストリアのバドガシュタイン温泉のような高放射線の所に長期滞在で詰め駆ける人々も大勢いる。これを国際放射線防護委員会(ICRP)はどう説明するのだろうか。自然放射線も人工放射線も、放射線の性質に違いはない。

1927年のH.J.MullerによるDNA修復能の無い雄ショウジョウバエの実験から、放射線は微量でも毒とする「直線仮説」を50年来押し通してきた国際放射線防護委員会(ICRP)。一方で、この30年間に蓄積された、低線量・低線量率の放射線量が人体に有効であるという検証報告は3000にものぼる。原発の是非を巡る報道ばかりがされ、肝心の放射線の安全基準値がどのように設定されているのか、あるいは放射線・放射性物質の健康効果については、ほとんど表にでることがない。

メディアは、ニュートラルな立場で報道を行うべきである。それこそが、放射線・放射性物質に対し、「正しく怖がる」という国民の意識の確立に繋がるわけであるから。


ヘルスネットメディア

屋外活動基準値が年間20mSv、基準値計算式 > 拡大


「週刊新潮」2011.4.14号
多くの所で60年代のほうがセシウムの量が多かった

全国の放射能濃度一覧 >

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