さて、長年乗り慣れた車を売っ払い、資金的に余裕が出来た戸坂課長は気分も上々。2週間、軽井沢でどうして過ごそうかと考えます。
軽井沢1日目、ゴルフ場探しなんぞ、後回し後回し、逃げはしないんだからと、まずは一人カラオケで盛り上がります。
カラオケを出て、夕刻の軽井沢の目抜き通りを散策し、人目もはばからず夕日に向かって専務のバカヤロー、とひとしきり叫ぶと、その後、宿に帰って食事をとり、温泉に漬かり、まさか座敷わらしは出ないよなとか、いらぬ心配をして床に就きます。

さて、軽井沢2日目、サラリーマンの習性で、やはり何かやっていないと手持無沙汰で、落ち着かないものです。
とりあえずレンタカーでも借りて、軽井沢を1周してこようかということになります。
ここからは余談ですが、車で軽井沢を周っていると、窓の外にいろいろな風景が流れてきます。
どこかで会ったような老人が梅干しを勧めてくれたり、地元の人が手を振っていたりもします。

単調な田舎の風景の中を走っていると、戸坂課長の乾いた頭に、ふと水着美女の姿が浮かんだりもします。
が、もちろん長野には海がありませんので、単によこしまな幻覚にしかすぎません。
しかし、その妄想は戸坂課長の頭からなかなか離れず、ちょっとカフェで珈琲でも飲んで気分転換をしようかという気になります。

カフェの脇の駐車場に車を止めて、そこで珈琲を飲み、なにげにスマホをいじっていると、スターバックスが鳥取にも誕生したというニュースが目に入ってきます。
鳥取といえば砂丘が人気です。砂場にスタバ。妙にゴロがいい。
スナバにスタバ、スナバにスタバ、スナバにスタバ・・・しばし戸坂課長は我を忘れ、念仏のようにそれを唱えていると、なぜか無性に、その「スナバのスタバ」に行ってみたいという気になってきます。
誰もいない砂漠の真ん中で、一人珈琲を飲みながら、哲学者のような面持ちで自らの行く末を思索している姿がふと頭に浮かんだのですね。
自分探しの旅に向かうぞ!
もう、ゴルフ場探しなんてどうでもいいじゃね。
よし、これから鳥取のスタバに行こう。自分探しの旅だ。
なぜか、戸坂課長はそう心に決めます。ゴルフ場より、砂場のスタバへ向かうことのほうが今の自分には意味があることだと思ったのですね。
そしてその日の夜、専務に「いや~、専務好みのすごい美人のキャディさんを見つけました」と報告すると、ふだん重低音の専務が「よくやったトサカくん。快挙だよ。ナイスショット!」と声を裏返すわけですね。やっぱ、そっちかい、と戸坂課長はほとほと呆れます。
翌日、戸坂課長はレンタカーで鳥取に向かうことになります。
軽井沢から鳥取まで距離にして600キロ。時間にして約8時間。途中パーキングエリアで休息をとりながらの長い道のりです。

そこに何かがあるような気がして戸坂課長の心ははやりました。
戸坂くん、今月から残業代ゼロだかんね、と専務に肩を叩かれたり、取引先のお偉いさんの接待で鼻に割り箸を突っ込んで芸者さんとお座敷遊びをやらされ、あ~もう地獄だ、アホらしくてやってられっか、転職してやるとトイレでひとしきり泣いた日々のことが走馬灯のように駆け巡ります。
俺にはもっと違う人生があるんだ!
男43歳、俺にはもっと違う人生があるんだ、と戸坂課長はしかと思うわけですね。
俺は砂場のスタバでオレの人生を見つけるんだ!けっこう優柔不断な性格の戸坂課長ですが、そう腹に決めると、なぜか迷いもふっきれました。
しかし、なぜかふと頭の中をよぎるのが、アメリカから来所するという企業の女性秘書のことです。
なぜ、俺はまだ会ってもいない、アメリカ女秘書にこうも魅かれるんだ。やはり、どう考えても何か運命的なものを感じる、とあらぬ妄想を抱きます。

と、しばしここで戸坂課長は、これこそが日本の食文化だと、美人秘書を連日、銀だこやスシローに連れ回し、仕上げに大勝軒のつけ麺でどうだ、とうならせている姿を想像し悦に入ります。
しかし、これから8時間も車中だというのに、さすがに、ヤケ喰いで10キロも太ると、シートベルトがキツキツです。
やっぱり、ダイエットにトコトン励むしかない、と戸坂課長は考えたりもします。