日本食ブームが米国に到来して久しい。街を歩いていても、日本食レストランや寿司バーの看板が珍しくなくなっている。米国の日本食レストランなどが、決して在米日本人だけのためにある訳ではないのは、たいていの米人経営のスーパーマーケットでも、豆腐や漬物などを置く日本の食料品コーナーが見られるようになったことからも分かる。これはどうやら、一時的流行現象というわけでもなさそうだ。日本食ブームは、趣味・嗜好から来るものであることは勿論だが、もう一つ、ベビーブーマーの健康志向というのも理由に挙げられる。米国における日本食の評価について報告する。
日本人の長寿の秘訣、世界の研究者が注目
疾患と食習慣を関連付ける研究で、研究者が注目している結果に「日本人の長寿と健康度」がある。WHO(世界保健機構)が調べた今年の平均寿命調査でも、日本が74.5歳とトップの地位を守った。ちなみに米国は70歳で24位。また、男性の前立腺がんを比較した研究では、日本は米国に比べ最高90%も罹患率が低いと言われている。
女性の場合、更年期障害を訴える割合について45歳から55歳までの日本人女性1千200人以上と、マサチューセッツ出身8千人、モントリオール出身1千300人とを比較したところ、「のぼせ」や「寝汗」といった症状を訴えた日本女性は少なかったという報告もある。さらに、心臓病や乳がん、骨粗しょう症の罹患率も日本の方がはるかに低いという。
こうした結果がありながら、その一方で、日本人男性の喫煙率は56%、飲酒も多く、狭い国土で公害が問題になる環境要因も米国と比べ決して良いものではない。では、健康な長寿国であり続ける原因は何なのだろうか。そこで研究者が注目したのが、東洋と欧米の食生活の違いだった。
低脂肪、食物繊維、抗酸化剤を含む穀類や果物、野菜の摂取が多いことが、がん罹患率の低い要因
コーネル、ハーバード大学研究者グループが以前、「アジア・ダイエット・ピラミッド」を発表したが、これによると最も広いピラミッドの底辺にあるのが、コメ、麦などの穀類製品、その上を果物、野菜、豆類が占め、割合の最も少ない一番トップに肉類や乳製品、甘味など嗜好類が来ている。アジア・ダイエット・ピラミッドでは、穀類や野菜を中心に、毎日のお茶、酒、ワインなどの植物を原料とした飲料を適量摂取、甘味や鶏卵などの摂取を週に1度、赤味の肉類を月に1度薦めている。脂肪摂取が低く、食物繊維、抗酸化剤を含む穀類や果物、野菜の摂取が多い――これが、がんなど罹患率の低い要因であると、欧米の専門家は評価し始めている。
低脂肪、魚食が乳がん罹患率低下に効奏
米人女性と日本女性と比較した乳がん罹患率でも米人女性が多かった点について、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で研究が行われている。UCLA研究者グループは、日本人女性の食習慣と似た、低脂肪で魚の多い食事を米人に与えてみた。ここで問題になるのは、与える魚(米国では魚オイルとした)の量。研究では、魚オイルの錠剤を1日10錠、3ヶ月間与え、同時に脂肪を15%以下に抑えた食事も続けた。今のところこの研究に参加している25人のうち、がんに罹っている被験者は1人もいないという。
単に「遺伝子の問題」では説明がつかない
疾患率や寿命について、その理由に「遺伝子」を挙げる専門家もいる。だが、日本から米国へ移住した移民の健康状態を述べた次の研究報告がその意見に疑問を投げかけている。ハワイ大学のローレンス・コロネル教授が日本からのハワイ移民を調べた研究では、1世の親に比べハワイで育った次世代の移民子弟は前立腺がんなどの罹患率が米人と同じ割合になっているという。
これは、親が日本での食習慣を続けているのに比べ、子どもたちやその孫らは米人の食生活に同化していることが理由に挙げられている。また、日本から米国へ移住した女性の食習慣が欧米化していくことで、乳がんが増加したとも言われている。
大豆イソフラボンの錠剤、1年間で246%の売り上げアップ
米国の研究者が注目する食生活の違いの中で、現在最も話題になっている材料が大豆と緑茶。日本では、豆腐に代表される大豆の食文化は古い歴史を誇っている。米国では調べによると、大豆作付け面積は1924年の時点で180万エーカーだったが、54年では1千890万エーカー、98年には7千200万エーカーと急成長を遂げた。ここ20年ほどの間に、健康への有効性を示す研究が次々に発表されるようになり、サプリメントや食品へとその用途は幅を広げている。
現在では、スーパーマーケットに並ぶ大豆を原料にした食品、飲料が300種以上に及んでいる。豆腐やてんぷら、豆乳はポピュラー製品の仲間入りを果たし、大豆ハンバーガー、大豆ホットドッグ、アイスクリーム、ヨーグルトなどの部門にも手を伸ばしている。登場した頃は味の点で今ひとつだったのが、米人の舌にも合うようかなりおいしくなっているとも言われる。売上もうなぎ上りで、例えば大豆成分であるイソフラボンを錠剤にしたものが、1999年10月までの1年間で246%アップするなどの勢いを見せている。
大豆イソフラボン、一方で高齢者の脳機能の低下指摘も
食品業界大手、ケロッグ社はこの春、初めて大豆を原料にした「スマート・スタート・ソイ・プロテイン」シリアルを登場させた。また、米農務省(USDA)は、学校給食の中で、ハンバーガーなど脂肪の多いメニューの代わりに大豆製品の使用を認める見解を発表している。
これまで多くの研究が、大豆の疾患と健康との関連性を確認しているが、例えば、Cancer Research誌2000年3月号に掲載された研究によると、大豆成分のイソフラボンはエストロゲン依存の乳がん細胞増殖を抑えるという。同じくイソフラボンが前立腺がん細胞の成長を抑制するという報告もInternational Journal of Oncology誌2000年6月号に掲載された。
さらに、さかのぼってAmerican Journal of Clinical Nutrition誌1998年12月号には、大豆プロテインを含んだ低脂肪ダイエットを5週間続けたところ、LDL(「悪玉」コレステロール)が14%低下し、HDL(「善玉」コレステロール)は8%上昇したという研究結果も掲載されている。しかしその一方で、先行する人気に警鐘を鳴らすような指摘もされ始めている。豆腐を少なくとも週に2回、30年間食べつづけた高齢者の脳は、通常より老化が早いという研究が最近Journal of the American College of Nutrition誌に掲載された。また、エストロゲンに似た働きをする物質、イソフラボンを1日40mg摂りつづけると甲状腺ホルモンの分泌を弱らせることも指摘されている。
現在のところ1日50mgの摂取であれば安全と判断
サプリメントで摂るイソフラボンに関し、専門家はサプリメントのラベル表示に気をつけるよう、一般消費者に注意を促している。米食品医薬品局(FDA)がラベルに認めている健康表示は、大豆プロテインに対するコレステロール低下の有効性だけ。イソフラボンに対してのものではない。
大豆プロテインとイソフラボンの識別が一般消費者にはつきにくく、またイソフラボン自体が完全に解明されたわけではないことから、専門家はイソフラボンの摂りすぎを懸念する。サプリメントには、イソフラボンが85mg(1錠)含まれ、殆どの場合1日2錠の使用が薦められている。研究者など専門家は、現在のところ1日50mgの摂取なら安全と判断しているが、サプリメント使用の場合、すでにこのラインを超すことになる。さらにこの数字は、日本人が食品から摂る量の10倍になることも指摘されている。
緑茶の皮膚への作用など、急速に研究進む
日本人の長寿と健康な生活を支えるものとして注目を浴びているもう一つが緑茶。緑茶も紅茶ももとは同じCamellia sinesisの葉だが、乾燥させる間かなりの空気にさらす紅茶に対して、緑茶は葉を蒸した後高温で素早く乾かすというふうに製法が異なり、それが有効性に差をつけていると推測されている。緑茶の有効成分は、抗酸化作用としてビタミンCの100倍、ビタミンEの25倍の効力があると言われる、ポリフェノール。このカテキン(EGCG)ががんや心臓病、高齢者の骨強化などに有効性が指摘されるようになった。
最近、American Journal of Clinical Nutrition誌2000年4月号に掲載された研究では、65歳から75歳の高齢者に1日少なくとも1杯のお茶を飲ませたところ、背骨と大腿骨で密度が増加したと明らかにした。また、ケンブリッジ大学研究者グループは、お茶の愛用者1千134人と全く飲まない122人を比べたところ、愛用者グループで骨粗しょう症の割合が低かったことが分かった。
また、1998年12月に開かれたAmerican Society for Cell Biology学会では、EGCGが、細胞の機能を果たさせ正常並びにがん細胞両方の成長に必要だと考えられる酵素、NOXを抑制するという報告が発表された。そしてごく最近、マウスを使った研究で、緑茶が皮膚がんや皮膚炎症を抑えるのに有効性を示すという指摘がArchives of Dermatology8月号に掲載された。研究者は、より深い研究が必要と述べながらも、化粧品の成分として十分期待
できるものとしている。