世界保健機構(WHO)の第57回世界保健総会が5月17日から22日まで開かれ、
WHO加盟国192カ国から代表者、公式オブザーバーなど2,000人以上が顔を合
わせた。総会では、肥満対策、難病予防など世界の公衆衛生に関する項目が
話し合われ、食生活と運動の重要性やHIV/AIDS予防、道路対策など重要戦略
を採択して閉幕した。詳細を報告する。
全世界で年間5,600万人が非感染性疾患で死亡
世界の国民の健康を維持するための重要戦略の一つが慢性疾患の予防。総会で
は、WHOの「World Health Organization(WHO)Global Strategy on Diet,
Physical Activity and Health」が加盟国の支持を得て採択された。
WHOは戦略の始めに、世界の健康状況を分析。心臓病、II型糖尿病、がん、肥満
関連疾患などの非感染性疾患(NCDs)の脅威を強調した。WHOによると、NCDsは
全世界で急激な増加傾向を見せているという。
2001年の調べでは、全世界で年間5,600万人が死亡しており、その60%はNCDsが
原因。また、全世界で発生する疾患の47%がNCDsであることも指摘した。特に、
発展途上国の若い世代がNCDsによる死亡の66%を占めていることを重く見て
いる。
これは、食生活、活動パターンの急激な変化が原因と見られる。NCDsが老化
原因での死亡をはるかに上回っていた発展大国では数カ国で、心臓病やタバコ
関連疾患での減少傾向が見られるようになった。
しかし、患者数は相変わらず高く、II型糖尿病などの原因とされる太りすぎや
肥満が成人、子ども問わず大問題となっている。World Heart Federationの
発表によれば、全世界で成人11億人、5歳未満の子ども2,200万人が、食べ過ぎ
あるいは貧しい食習慣による肥満で、今や発展途上国での栄養失調という問題
に取って代わっている。
栄養素の乏しい不健康な食生活と運動不足が指摘
現在のこうした統計、また今後増大が予測されることを鑑み、NCDsの予防こそが
最大の課題であることを強調する。2002年の世界保健報告(The World Health
Report 2002)によると、NCDsでの危険要因には、高血圧、高コレステロール、
野菜・果物摂取の欠乏、太りすぎあるいは肥満、運動不足、喫煙が挙がり、どれ
も食生活および身体活動との関連が指摘されている。
NCDsを増大させる危険因子には、例えば高エネルギー食品の過剰摂取、また
脂肪/糖分/塩分を多く含み、かつ栄養素の乏しい食品摂取などが挙げられる。
また、家庭、学校、職場でのリクレーションや交通手段のパターンが変化した
ことで身体的活動が不足がちになっていることも要因になっている。こうした
ことから、WHOは世界的風潮となっている栄養素の乏しい不健康な食生活と運動
不足に戦略の的を絞ろうとしている。
食生活では糖分や塩分摂取の制限目指す
WHOは戦略目標に「慢性疾患を削減するため、健康な食生活を取り戻し、体を適切に動かす」ことを掲げ、そのために個人、コミュニティ、政府、世界レベルでの協力体制を呼びかける。戦略の主軸、食生活においてWHOは、
(1)エネルギーのバランスと体重の維持
(2)総脂肪からのエネルギー摂取を制限し、飽和脂肪から不飽和脂肪への移行、トランス脂肪の除去
(3)野菜・果物、豆類、全粒穀類、ナッツ類の摂取増大
(4)糖分摂取の制限
(5)全食品源からの塩分摂取を制限、また食塩はヨード塩奨励――を目指す。
身体的活動はエネルギー消費のキーポイントであり、エネルギーバランスおよび
体重コントロールに欠かせない。基礎代謝をアップさせ余分な体重を削ぎ落とし、
血圧やコレステロール値を改善させる。従って、太り気味な人の心臓病や糖尿病、
結腸がんや乳がんの危険性を下げることも研究によって指摘されている。
人の一生を通して、その段階で適切な運動を持続していくことを勧めている。
また、各自の健康状態に合わせた運動タイプ、運動量で、最低30分ほどでも
定期的に行うことによりNCDsの危険性を下げ、さらに高齢者の場合、筋肉を
強化し体のバランスを維持して転倒による骨折を防止する。
各国政府の戦略の実施に期待
戦略を実施していく上でWHOの果たす役割は――
(1)国連を始めとし、FAO、UNICEF、UNESCOなど団体との協力体制によってリーダーシップを取り、積み重ねられた研究成果に基づき食生活指針を
改善するなど、ガイダンス内容を先導していく。
(2)各国食品産業、世界的戦略を支える民間セクターなどと意見交換を行い、戦略を実行していく。
(3)加盟国の要望に応じてプログラム実施やその場に応じた支援活動を行う。
(4)加盟国のガイドライン、政策作りを支援する。
(5)各国の戦略実施における技術サポートを行う――など。
また、加盟国に対しては、既存の「食生活、栄養素、運動」政策に肉付けして
いくことを各政府に奨励している。つまり、既に独自の政策を持ち実行して
いる国では、その政策を利用してWHO戦略を実施していくことを勧めている。
今後、新しい政策を展開していく国では、戦略に基づきNCDs削減の方向で政策
作りを行っていくよう勧告する。
また、特に各国政府は公衆に対し、正確でバランスの取れた情報提供を行うべき
としている。そのためのアドバイスとして――
(1)食生活、運動、健康、エネルギー摂取・消費、食品の正しい選び方などの関連性を十分理解してもらう教育を行う。
(2)アダルト・エデュケーション・プログラムの中に健康教育を取り入れる。
(3)食品広告は、消費者の食品選択や食習慣に大きな影響を与えるため、食品・飲料の広告は子どもの好奇心に付け入るものであってはならない。
不健康な食生活や運動不足を助長するような広告は排除し、健康的な生活を促進する広告を奨励する。
(4)消費者は何を食べているかを知る権利がある。ヘルシー・チョイスを実行するため、加工食品のラベリングでは、正確な情報が記載される必要がある――など。
その他、各国政府に対して――
(1)国の食品・農業政策は公衆衛生の保護と促進に矛盾してはならない。
(2)身体的活動を促進するため、様々な角度からの政策が求められる。
(3)健康に関する調査、研究、査定に政府は投資する必要がある。
(4)各国の学校規則、プログラムでは健康な食事、適切な運動の採用を支援。
すべき――などを奨励している。
WHOの戦略は概ねの加入国で支持されているが、サトウキビの最大生産国、ブラ
ジルなどでは、WHO戦略の展開によって砂糖消費が弱まることを懸念し、戦略
文書中の砂糖に関する表現の緩和を求めてロビー活動を行っている。
また、アメリカなどでは脂肪の取りすぎで健康障害を起こしたとして食品会社
を相手取った訴訟が目立っており、食品会社は今後さらにこうした訴訟の増加
を懸念している。
だが、WHO戦略はガイダンスであり、法的効力はない。専門家は各国政府が戦略
を実施するか、あるいはいかに利用するかにかかってくると述べている。