諸神、諸仏に祈って病を治す。太古から仏教、神道、民間宗教では当たり前の行為だった。それが、アメリカでここ数年、代替医療のひとつ「Prayer Therapy―祈りの療法」として静かなブームをよんでいる。米国における国民医療費は天井を知らずひたすら上がり続け、医療技術の限界はすでに底を見た感のある西洋医学。中でも慢性病にはお手上げの状態に、西洋医学にたずさわる医者たちは神にでもすがる気持ちになったのか。これまで見向きもしなかった「治病祈願」という古人の営みに関心を示し、科学的に立証しようと動き出した。そんなアメリカの「祈り療法」の現状を報告する。
敬虔なクリスチャンの多い米国で日常化しつつある「祈り療法」
「右の手首が昨日からひどく痛むのよ。私もやっているけれど、あなたも時間のある時に、ちょっと祈ってくださらないかしら」知り合いの女性が受話器に向かって話している、なんとも不思議な会話を聞いたのは、かれこれ8年ほど前のことである。電話の相手はプレーヤー(祈り)仲間だといっていた。祈りで病気を治そうとしているアメリカ人の存在を知ったのはこれが初めてだった。
それからもたびたび、「プレーヤー仲間と今、ある知り合いの乳がん患者のために祈っている」といったたぐいの話を耳にした。ヒーリングパワーのある人に祈ってもらったから「がんが治った」ときっぱり言いきる女性に会ったこともある。数週間前には、ナーシングホームでリハビリ中の夫に「これからあなたがよくなりますようにって祈るから、あなたもそこで一緒に祈ってちょうだい」と、電話でやさしくささやく妻の言葉を耳にした。知り合いの夫婦で、二人とも敬虔なカトリック信者である。
スピリチュアルな知り合いがけっこう多いせいか、周りにとにかくそんな話が一杯ころがっている。神(超自然の力)を信じている彼らにとって、科学的な裏付けなどなくても、自分も含め病気で苦しんでいる人のために祈るのは、ごくあたりまえのことであるように思えた。
「祈り療法は回復を早める」という答えが8割(CBSニュース調査)
CBSニュースが1998年、成人825人を対象に「祈りによる病気を治す効果」について意識調査したところ次ぎのような結果が出た。
・ 医者も患者と共に祈り療法に加わるべき 63%
・ 祈り療法は回復を早める 80%
・ 祈り療法に治癒効果がある 22%
・ 信仰は日常生活の重要な部分を占めている 59%
・ 1日にすくなくとも1度は祈る 60%
・ 自分の健康のために祈る 64%
・ 人の健康のために祈る 82%
同じようにタイムズ誌とCNNが共同で、成人1004人を対象に行った意識調査でも、「祈りのヒーリングパワーを信じるか」が82%、「病人本人ではなくほかの人が祈っても治癒効果はある」が73%、「重病人が治る際にたびたび神の力が働いている」が77%と、神の力(ハイヤーパワー)を信じている人が多いことがわかる。しかし、「ヒーリングパワーを持つ人の祈りおよび信仰心を通じて病気は癒される」は28%と低かった。
医療費削減に頭を抱える米国、「祈りの療法」の有効性解明へ本腰
「祈りを処方すれば病気は治る」と、プレーヤー(祈る者)たちは考えていない。ところが、医者たちは、まるで薬と同じように科学的な立証に乗り出し始めた。アメリカ最大の国立医学研究機関である国立衛生研究所(NIH)は、これまでに発表された200以上の研究報告を検証し、がんや心臓病といった病気への祈り療法の効果を調べているほか、大学などで祈りの治癒メカミズムを科学的に解明しようとさまざまな研究が行っている。
今年の6月に発表され世間の関心を引いたのが、ノースキャロライナのデューク大学医学部の調査報告。1986年から1992年にかけ、65歳以上の男女4000人を対象に健康におよぼす祈りの効果を調べた結果、「祈ったり、聖書を読んでいる高齢者は、健康で長生きしている」と結論づけた。
メディアがこぞって好奇心の目を向けたのはいうまでもない。対象のほとんどがクリスチャンだった。老人学の専門誌「老人学誌」にも掲載された調査報告によると、6年の調査期間中に亡くなった人の数は、祈らない高齢者の方が約50%も高かった。ただし、祈りの頻度による違いはなかったという。
祈ることでストレスが解消
同調査にたずさわった研究者のひとりハロルド・コーニング氏は「祈ることでストレスが解消されている」と説明する。祈りと瞑想のストレス解消のメカニズムはと同じだという。ストレスが高まるとアドレナリンなど体に害をおよぼすホルモンが分泌され、高血圧や免疫力低下を引き起こす。祈りや瞑想は、こういったストレス・ホルモンを抑える脳の化学物質「神経伝達物質」の分泌を促進するため、ストレスを解消するというわけだ。
ほかにも、「30年間にわたり高血圧患者を対象に行った調査では、教会に行っている人はいかない人よりも血圧が低い」「教会に通う人は通わない人に比べて冠状動脈の病気に罹る率が低い」「信仰心のある人は憂鬱や不安が要因のひとつになっている病気に罹る率が低い」「教会に行かない人の自殺率は通う人に比べ高い」――などの調査報告がある。いずれも祈るという心の作用が健康に影響しているといえるだろう。
祈りによる「遠隔治療」という超自然的な現象も
しかし、こういった研究報告とは違い、科学的にはひとすじ縄ではいかない調査報告もある。本人ではなくほかの人に祈ってもらった結果をまとめたものだ。調査は、ミズリー州の病院で心臓発作を起こし入院中の男女1000人の患者を対象に行われた。まず、患者の半分を人に祈ってもらうグループ、残り半分をそうでないグループに分ける。祈る人には、患者のファーストネーム(苗字は渡さず)だけを渡し、4週間にわたり毎日、その患者の回復を願って祈るように頼んだ。祈る人は全員クリスチャンだった。患者には、だれかが祈っていることは知らせてない。
同期間中の患者の健康状態を表にしたところ、祈ってもらっている患者グループの方が、そうでない患者グループより10%ほど回復率が高かった。患者自身は祈りのことなど何も知らないのだから、祈ることでリラックスし脳の神経伝達物質の分泌が活発になるというデューク大学の説明は当てはまらない。「超自然の力を信じるしかないだろう」。そんな声が医者の中からもささやき始められているという。
過信は禁物、「医療との併用が望ましい」とする医師サイド
こういった祈りの治療効果を科学的に立証しようとする流れに対し、一方で「祈りが病気の治療に効果があるかどうかを実験するなどもってのほか」という反発の声があがっているほか、「祈りが足りなかったから、行いが悪かったから、だから病気になったと患者が思い込むのはよくない」と心配する医者もいる。
また、「祈り療法に傾倒したために、現代医療における治療が遅れ、手遅れになっては危ない」という、代替医療でよく問題視される点がここでも指摘されている。祈り療法に関心を示す医者の多くが「祈り療法は決して現代医療にとってかわるものではなく、あくまでも併用が望ましい。治療そのものというよりも、外科手術をはじめ治療後の回復力を高めたり、病気の予防に効果があるのでは」と強調している。