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ヒトはなぜ、がんに罹るのか
〜3大原因はタバコ(喫煙)と食事と感染

9月6日、渋谷公会堂で「第47回日本栄養改善学会学術総会」が開催された。この中で、国立がんセンターの杉村隆名誉総長ががん発生までのメカニズムを解説。また「がんの発生、予防には栄養が深く関係している」とし、日頃からの栄養素の摂り方、日常生活における心得などわかりやすく説いた。


遺伝子損傷からがんは始まる

ヒトはなぜ、がんに罹るのか---。
「我々の体には、細胞が60兆個ある。1個の細胞の核の中には10万種の遺伝子(DNA)がある。1個の細胞の中で特定の遺伝子変化が蓄積し、その数が10種くらいになると、1個の正常細胞が、1個のがん細胞に変わる」(杉村氏)。遺伝子変化とは遺伝子損傷に他ならない。
----ここからがんが始まる。
遺伝子を傷付ける物質として、「突然変異原物質(発がん物質)、活性酸素、酸化窒素等がある」(同)。そして、これは食品、栄養と大いに関係があるという。

我々は日頃の食生活の中で、発がんから逃れられない。例えば、「消化吸収を良くして栄養価を高めるために食品は調理される。調理中の過熱により生じる発がん物質もある。炭水化物が焦げると突然変異原物質/発がん物質のベンツ(a)ピレンができたりする。肉の中のクレアチニン、糖、アミノ酸から加熱中に、ヘテロサイクリックアミン(HCAs)が生じる」(同)。これだけではない。食品添加物、農薬に浸かった食品は体内で過剰な活性酸素を発生させ、遺伝子を損傷させる。

日本の伝統食はがんの発症リスクを低下させる

では、がんの発症を防ぐことはできないのか。
ちなみに、国立がんセンターでは遺伝子損傷のリスクファクター(危険因子)を分析し、以下のような「がん予防の12カ条」を掲げている。方法としては、1)遺伝子を損傷すると考えられるリスクファクターを生活の中から排除する、2)遺伝子損傷をくいとめる栄養素の補給---といったことだ。

  1. バランスのとれた栄養を
  2. 毎日、変化のある食生活を
  3. 食べすぎをさけ、脂肪はひかえめに
  4. お酒はほどほどに
  5. たばこは吸わないように
  6. 食べ物から適量のビタミンを摂り、繊維質のものをなるべく多く
  7. 塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから
  8. 焦げた部分はさける
  9. カビの生えたものに注意
  10. 日光に当たりすぎない
  11. 適度にスポーツをする
  12. 体を清潔に
このうちの過半数が「食品の摂り方」についてのものである。
食品の栄養成分で、がんの発症リスクを低下させるものについては、これまでにも数多くの研究で報告されている。特に日本人が伝統的に摂ってきた穀類、魚、大豆、緑茶などは、近年、米国をはじめ西欧諸国でがん予防食として盛んに研究が進められている。

先頃、WHO(世界保健機構)が発表した今年の平均寿命調査では、日本が74.5歳でトップに立った。ちなみに米国は70歳で24位。65歳以上の約4割が患うという男性の前立腺がんの罹患率を米国と比較すると、日本は圧倒的に低い。また心臓病や乳がん、骨粗しょう症の罹患率も日本の方がはるかに低い。日本人男性の喫煙率は56%と高く、狭い国土で公害が問題になる環境要因も米国と比べ決して良いものではない、にもかかわらずである。まさに、日本人の健康と長寿の秘訣は「食」にありといっても過言ではないかも知れない。

日本食が健康に好影響をおよぼすことはすでに疫学調査でも明らかになっている。例えば、ハワイ大学のローレンス・コロネル教授が日本からのハワイ移民を調べた研究では、1世の親に比べハワイで育った次世代の移民子弟は前立腺がんなどの罹患率が米人と同じ割合になっているという。これは、親が日本での食習慣を続けているのに比べ、子どもたちやその孫が米人の食生活に同化しているためと考えられている。また、日本から米国へ移住した女性についても、食習慣の欧米化により、乳がんが増加したともいわれている。

魚油や緑茶、心疾患からがんまで幅広い効用

具体的に、日本の伝統食ががんをはじめ各種疾患にどの程度有効なのか。
「魚に含まれる不飽和脂肪酸のEPA・DHAを食べるとがんが出来にくくなる。お茶のポリフェノールは発がん物質を消去する」と杉村氏。例えば、緑茶成分(EGCG:カテキン)は、ビタミンCの100倍、ビタミンEの25倍の抗酸化があり、がんや心臓病、高齢者の骨の強化などに有効とされている。American Journal of Clinical Nutrition誌'00-4月号に掲載された研究では、65歳から75歳の高齢者に1日少なくとも1杯のお茶を飲ませたところ、背骨と大腿骨で骨密度が増加したといわれる。

また、ケンブリッジ大学研究者グループが、お茶の愛用者1,134人と全く飲まない122人を比べたところ、愛用者グループは骨粗しょう症の割合が低いことが分かったという。また、ごく最近では、マウス実験で、緑茶が皮膚がんや皮膚炎症を抑えるのに有効であるという研究報告がArchives of Dermatology誌'00-8月号に掲載されている。

こうした、疾病へのさまざまな有効性が明らかになりつつある日本の伝統食だが、ただし、一つだけに極端に偏らないで、「ほどほどに摂ることが大切」と杉村氏はいう。「凝らないで、バランス良く」摂る---杉村氏は食品の摂取について、この点を強調する。その一例として日本人に最も馴染みの深い「大豆」について挙げた。
海外で気になるニュースが報じられていた。
一体、「大豆」の何が問題なのか---。
その前に、日本人の「健康と長寿」に貢献してきた「大豆」が今、米国でいかに注目されているかについて述べてみたい。

大豆イソフラボン、1年間で246%の売り上げアップ

今、米国の栄養学者が最も注目している日本の食品素材は大豆と緑茶という。注目の度合いは大豆の作付面積にも比例している。調べによると、1924年の時点で180万エーカーだったが、54年では1千890万エーカー、98年には7千200万エーカーと急速に拡大している。また、ここ20年ほどの間に、「大豆」に含まれる各種成分の健康への有効性を示す研究も次々と発表されるようになり、サプリメントや食品への用途も一気に広がった。

食品業界大手、ケロッグ社は今春、初めて大豆を原料にした「スマート・スタート・ソイ・プロテイン」シリアルを登場させた。また、米農務省(USDA)は、学校給食の中で、ハンバーガーなど脂肪の多いメニューの代わりに大豆製品の使用を認める見解を示している。

現在、米国のスーパーマーケットでは、豆腐、豆乳、大豆ハンバーガー、大豆ホットドッグ、アイスクリーム、ヨーグルトなどの大豆を原料にした食品、飲料が300種以上もラインアップしている。登場した頃は味の点で今ひとつだったが、米国人の舌に合うように加工され、売上もうなぎ上りで、大豆成分のイソフラボンの栄養補助食品を例にとると、1999年10月までの1年間で246%アップするなど急成長を遂げている。

大豆の疾患と健康との関連性についても、これまでに数多くの研究で確認されている。例えば、American Journal of Clinical Nutrition誌'98-12月号では、大豆プロテインを含んだ低脂肪ダイエットを5週間続けたところ、LDL(「悪玉」コレステロール)が14%低下し、HDL(「善玉」コレステロール)が8%上昇したという研究報告が掲載されているが、こうした、コレステロール低下作用による「大豆」の心臓疾患のリスクを軽減する効果はFDA(米国食品医薬品局)も認めており、昨年大豆関連商品にのラベルに「大豆は心臓疾患のリスクを軽減する」という効能表示を許可したばかり。

また、発がんリスクの軽減についていえば、「大豆イソフラボンはエストロゲン依存の乳がん細胞の増殖を抑える」(Cancer Research誌'00-3月号)、「大豆イソフラボンは前立腺がん細胞の成長を抑制する」(International Journal of Oncology誌'00-6月号)など報告されている。

大豆イソフラボン、妊娠中の摂取で「胎児の脳機能の低下」指摘も

しかしその一方で、こうした「大豆」人気に警鐘を鳴らすような指摘も出始めている。ハワイの研究グループが、8,000人の日系アメリカ人男性とその妻502人を対象に、豆腐の長期摂取と老齢による精神障害、脳萎縮症の関係について調査したところ、30年間にわたり豆腐を1週間に2食分以上摂取した人は、ほとんど摂取しなかった人に比べ、高齢になってから精神障害や脳萎縮症になり易いとJournal of the American College of Nutrition 誌'00-4月号が報じている。老齢による急激な脳機能の低下がみられたのは、中年過ぎから豆腐を多く摂取する習慣のある人であることが確認されたという(※但し、この研究結果では、豆腐の摂取が原因か、生活環境によるものか決定付けられないため、更に研究が必要であるとされている)。
また、エストロゲンに似た働きをする物質、イソフラボンを1日40mg摂り続けると甲状腺ホルモンの分泌を弱らせることも指摘されている。

また、妊娠中の摂取についても注意を要することが指摘されている。
「大豆に含まれるイソフラボンを妊婦が摂取した場合、胎児の脳の発育や生殖機能に障害が起こることも考えられる」とし、米国政府関連の2人の研究員が28件の調査結果を含めた大豆の危険性を示唆する書類を米国FDA(食品医薬品局)に提出しているという(英国:The Observer International紙'00-8/13日付け)。

問題視されている点は、
1)大豆イソフラボンは、女性ホルモンであるエストロゲンと類似した作用があり、胎児の生殖機能や甲状腺に異常を来たす結果が動物実験で確認されており、特に妊婦がイソフラボンを摂った場合、胎児の脳の発育や生殖機能に障害が起こることが考えられる。
2)イソフラボンは乳癌のリスクを減少させると言われる一方、エストロゲン類似ホルモンが乳癌を増殖させるという調査結 果も出ている。エストロゲンに弱い組織や甲状腺において、イソフラボンが毒性作用を示す結果が多くの動物実験で認められている---といったことである。
一方、これに対し大豆製造業界では、いずれも動物実験によるものであり、「ヒトには適用しない」と反論しているという。

大豆イソフラボン、1日50mgの摂取であれば安全と判断

米国では栄養補助食品で摂る大豆イソフラボンに関して、専門家はラベル表示に気をつけるよう、一般消費者に注意を促している。米食品医薬品局(FDA)が認めている健康表示は、大豆プロテインに対する「コレステロール低下作用」だけ。イソフラボンに対してのものではない。またイソフラボン自体が完全に解明されたわけではないことから、専門家はイソフラボンの摂りすぎを懸念する。
米国のサプリメントには、イソフラボンが85mg(1錠)含まれ、殆どの場合1日2錠の使用が薦められている。研究者など専門家は、現在のところ1日50mgの摂取なら安全と判断しているが、サプリメント使用の場合、すでにこのラインを超すことになる。この摂取量は、日本人がふだん食品から摂る量の10倍になるといわれる。

栄養素は組み合わせで効力を発揮する

日頃の健康管理において、「栄養素の摂り方は偏ることなく、ほどほどがベスト」という杉村氏の前述の指摘は、こうした米国での「大豆」の摂り方の例を見ても明らかといえるが、栄養成分の摂り方については、単一成分を大量摂取するよりも、組み合わせて摂ることのほうが効を奏することがさまざまな研究で報告されている。

例えば、カルシウムは骨の強化に必要だが、ビタミンA、C、D、F、ホウ素、必須脂肪酸、リシン、マグネシウム、マンガン、リンなども必要で、特に、マグネシウムとの関連は密接で、サプリメントとして摂取する場合、カルシウム2、マグネシウム1の割合で摂ることが重要とされる。カルシウムを摂りすぎると、鉄分、亜鉛、マグネシウム、リンの欠乏を起こす可能性がある。
また、ビタミンCはバイオフラボノイドやカルシウム、マグネシウム、ビタミンAと一緒に摂ることで心臓病予防や免疫促進など様々な有効性を発揮するとされる。
また、ビタミンAについても、コリン、亜鉛、ビタミンC、D、E、必須脂肪酸も一緒に摂ると効果的とされる。

喫煙者がビタミンCを摂取すると老化を促進させる可能性

また、講演の中で杉村氏はがんの発症原因について、「ごく大雑把にとらえると、3分の1が喫煙」とし、タバコの弊害を挙げた。最近の研究報告では、喫煙とビタミンとの相互作用が問題視されている。喫煙から身体を守るためには、ビタミンといえども歯がたたない。そればかりか、逆にビタミンを摂ることで健康を損ねてしまうという研究報告まで出ている。

過去に、フィンランドの喫煙者29,000人を対象とした大規模な栄養介入試験で、喫煙者がベータ・カロチン剤を服用した場合、肺がん罹患率が18%増加することが報告されたが、最近のものでは、Archives of Biochemistry and Biophysics誌'00-8月号で、イスラエルの研究グループが、ビタミンCは非喫煙者にとって老化や変性疾患を抑える抗酸化剤として作用するが、喫煙者がビタミンCを摂取すると老化や変性疾患をさらに促進させる可能性があるという研究報告が報じられている。

同研究グループが唾液に含まれる細菌や毒素を抑制する抗酸化剤と酵素について調べた結果、唾液にタバコの煙を含ませた場合、3時間後には酵素の毒素抑制作用が71%も減少することが認められたという。さらに、その唾液にビタミンCを加えたところ、酵素の作用の減少がスピードアップすることが確認されたという。

「喫煙+抗酸化ビタミン」でがん死亡率アップ?

また、抗酸化ビタミンといわれるA、C、Eと総合ビタミン剤を組合わせて摂取すると心疾患、卒中による死亡率は減少するが、喫煙者(男性)の場合、がんによる死亡率が高まるという米国アトランタ連邦防疫センター(CDC)の研究グループによるショッキングな報告も American Journal of Epidemiology誌'00-7月号で報じられている。

これは、30歳以上の被験者、百万人以上を対象にした7年間にわたるビタミン摂取の調査結果によるもので、総合ビタミン剤と抗酸化ビタミンA、またはCかEの1種類を組み合せて摂取した被験者の心疾患、卒中による死亡率はビタミン剤を全く摂取しない人に比べ15%低いことが認められたが、喫煙者の場合、総合ビタミン剤、またはそれプラス抗酸化ビタミンを摂取した男性は、タバコを吸わない男性よりもがんによる死亡率が高いことが判明したという。さらに、男性の喫煙者がビタミン剤を摂取した場合、ビタミン剤を摂取しない場合と比べ、前立腺がんによる死亡率が高いことも認められたという。

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