腸内浄化、究極の断食道場体験記(-_-;)

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断食(ファスティング)、腸内浄化でカラダをキレイに!

その昔、僕は断食道場にいたことがある。8カ月ほどいただろうか。なぜ、そんなところにと聞かれても長くなるので、話をはしょるが、ともかくそこは、沖ヨガ系の断食道場で、そこにいたのは、便秘解消やダイエット目的で入寮したうら若き女性たちだった。

「ヘルスネットメディア」代表:浜野夏企

古戦場跡に立つ、白亜の断食道場(-_-;)

その断食道場は当時、京王線分倍河原駅から徒歩で3分ほどの所にあった。近くに大国魂神社があり、その辺り一帯は古戦場だったという。

断食道場というと、木造家屋の、うらぶれたたたずまいを想像する人も多いかと思うが、そこは以前どこかの会社の寮だったものを改築したという、白い瀟洒な3階鉄筋立ての建造物だった。

そこに、僕は8カ月ほど研修生として住み込んでいた。
今思えば、かなり長居をしたものである。大学を出て、ふつうにサラリーマンになるつもりなどはなから頭になかった僕は、2,3年は、無頼の徒のように好きな事をして生きていこう、などと考えていた。

その一つに、東洋医学的な健康修養があった。<コラム>機能性食品「ブルーベリー」誕生秘話でも書いたが、もともと無精な僕は、大学時代にハードコンタクトをつけっぱなしで何カ月も装着したまま生活していたことから、目に不調をきたし、しばらく失明の不安にさいなまれたことがあった。

そうした折、本屋でたまたま目にしたのが、断食療法による自然治癒力の賦活というものだった。断食から玄米食、あるいはマクロビオティックやヨガといった関連書を読むにつれ、目に良いかもしれない、一度そうしたことで心身の浄化を図りたいと思うようになった。

当時も今のようにヨガがブームだったが、その頃新宿にあったヨガ教室に立ち寄ったのがきっかけで、今は亡き、牧内泰道会長の府中・分倍河原にあるヨガ断食道場に研修生として入ることになった。

この断食道場は、静岡県三島に本部を置く、ハタヨガを日本に広めた沖正弘氏の系列の道場で、牧内は沖の弟子だった。

ピラミッド帽子から始まる、断食道場の1日(-_-;)

道場には、老若男女さまざまな人々が泊まり込んでいた。若い女性たちも多く、その大半がダイエットや便秘解消が目的だった。そうした宿泊者の世話を僕を含めた3、4人の研修生がした。

さて、断食道場の1日だが、毎朝6時に起床を促すアナウンスが流れ、全員が大広間の道場に集まる。そこで皆が座禅を組み、般若心経を唱和し、その後30分ほど瞑想を行った。

というと、どこの修養道場でもありがちな風景で、だからなんだ、それがどうしたといわれそうだが、実は、般若心経の読経と瞑想をしている間、僕らはずっと厚紙で作ったピラミッド帽子を頭に乗せていた。

はたからみるととても奇妙な光景である。このピラミッド帽子に何か意味があるのだろうか、額の奥にヨガでいうところの第3の目というものがあるらしいが、そこに読経による声音のバイブレーションで刺激を与えているのだろうか、と思いを巡らせたものだ。

瞑想中も、神妙な顔で僕は想像をたくましくしていた。こんなものを被って外に出ようものなら、周囲2〜3メートル内に人が誰もいなくなるだろうし、学校帰りの小学生は指をさし、オネエチャンはこんな人と関わってはいけないと目を伏せ小走りで通りすぎ、ヤクザはけったくそ悪い奴だとがんを飛ばすに違いない。

さらにいえば、やっとこさ告白して付き合うようになった彼女からはあなたのことがよくわからないと分かれ話をもちかけられ、後期高齢者からは、まだ若いんだからヤケおこしちゃいけないよ、と声をかけられるかも知れない。

とまあ、こんなことを延々と書いていても仕方ないのでこの辺でいいかげんやめようと思うが、ともかく断食中は肉体の機能が低下し、意識が向うの世界と繋がりやすくなるともいわれている。断食道場は古戦場跡に建っていたこともあり、浮遊霊やら邪霊にでもとりつかれないようにピラミッド帽子で結界でも張っているのだろうか、とも思った。

そういえば、研修生の女の子が、受付の部屋でよく幽霊を見たとかいっていた。確かに、この辺り一帯が戦場だったのだから、落ち武者の一人や二人、その辺をフラフラさまよっていたとしても不思議はない。

と、そんなふうに断食道場の1日が始まったが、僕はこのピラミッド帽子を案外気に入っていた。

無農薬玄米菜食で腸内環境を整える(-_-;)

ピラミッド帽子ばかりにかまけている場合ではない。先を急ごう。
般若心経の唱和と瞑想を終えると、大国魂神社までジョギングを行い、ジョギングから帰ると、30畳ほどある道場の大広間やトイレを皆で手分けをして掃除した。入寮者はそれぞれ減食、本断食、復食の過程にあり、けだるさを漂わせながら黙々と朝の日課をこなしていた。

8時くらいになると、牧内会長が白の上下のジャージ姿で道場に現れ(たまに竹刀を携え)、講話をした。話の内容は、断食の必要性、故・千島喜久男博士の提唱した腸造血理論や玄米菜食でいかに腸内環境を整えるかといったものだった。

牧内は痩せていて、どこか矢沢永吉似のちょい悪オヤジ風だったが、若いころハンバーグやコーラを多食したせいか、大腸にポリープができ、それがきっかけで断食道場を開いたという。外出時には玄米のむすびを背広のポケットにしのばせていた。

道場では、全て無農薬野菜を使い、故・桜沢如一氏の「陰陽論」をもとに構築した食養療法、マクロビオティック食養法を指導した。また、みそ湿布や豆腐湿布、生姜湿布、毒だしの里芋湿布といった民間の手当法を行った。

里芋湿布は里芋をおろし金ですりおろし、生姜を少し混ぜて患部に貼り付けるというもので、僕も水虫に試したことがあったが、結構効いていたような気がする。

断食や食養療法に加え、道場では、1日に2回ほどハタヨガを行い、呼吸法やヨガのポーズで腸のツボを刺激するなどして、体内の老廃物や毒素の排出を促した。

ちなみにマクロビオティックは、海外でも有名で俳優のトム・クルーズや歌手のマドンナが実践しているといわれている。道場を出た後も、僕はマクロビをできる限り心がけたが、加熱食の陽性食一辺倒だと酵素不足になることも指摘されている。

血液は腸で作られるという千島学説(-_-;)

牧内のもとで僕は千島学説について学んだ。現代医学では、血液は骨髄で作られるとしているが、千島学説ではこれを否定している。最初の血球が腸で作られ、それが赤血球や白血球へと生成発展していく。そうしたものが細胞へと変わる、またその逆もあり得るという。最初、僕は興味本位で聞いていたが、まさに食べたものが血となり肉となりという世界である。

もちろん現代医学では、こうした腸造血理論を完全に黙殺している。黙殺というよりむしろ封殺しているといったほうが正しいかも知れない。ネット上でもトンデモ扱いをする者がいる。

実は、中国の漢方医学の古典である、黄帝内経にも、血液は腸で作られると記されている。

とはいえ、現代医学は、骨髄造血に基づいて構築されている。腸造血が真実であれば、現代医学は根底からくつがえることになる。

赤血球は赤血球、細胞は細胞であり、血球が細胞へと生成発展することなどあり得ない ---。そう提唱した、19世紀のドイツの病理学者、ルドルフ・ウイルヒョウの「全ての細胞は細胞から生じる」という理論が現代医学のベースになっている。

もはや現代人は断食に耐えられない身体に(-_-;)

骨髄造血については、1866年に、ノイマンとピッツオゼロが鶏を使った実験で、骨髄液中に血液細胞が発見されたとし、骨髄造血説を広めた。しかし、これについての正式な論文は存在しないといわれている。

また、実験に使われた鶏は絶食させているため、正常な状態での造血とはいえない。そうした、食物が摂れない状況にあっては、生命維持のために細胞が血球へと可逆化すると千島学説では説いている。

ノイマンとピッツオゼロが観たのは骨髄で血液が作られている途上ではなく、絶食という緊急時の造血で生命維持のために細胞が血球へと変わっていく過程ではなかったか、というのが千島学説である。

ともあれ、その後骨髄造血は医学書や教科書に正式に採用され、これにより近代医学の基礎が構築されていった。薬剤投与の足し算の処方で突っ走る現代医学にとっても骨髄造血は都合がよく、千島学説のように絶食や断食で余計なものを削ぎ落としていくといった引き算の処方では、ビジネスにならないのかも知れない。

野生の動物は体調が悪くなると、絶食して自然治癒力による回復を待つというが、もはや人には、そうした引き算の対処という、本能的な感覚も麻痺してしまっているかのようである。

加えて不幸なことに、食養法を中心とした療法で、がん患者をみているある医師曰く、今の人は昔と違い、化学物質の排毒で断食に耐えられない人が多い、断食の効果も現れにくくなっている、ともいう。

「おい、浣腸をやってやれ」(-_-;)

断食を行うと腸の繊毛に長い間こびり付いていた宿便といわれる滞留便が取れ、血液の浄化が促される。道場では栄養補助食品やぬるま湯の浣腸などを用い、排便を促した。

道場に便秘の解消で来て、たまに浣腸の仕方の分からない者がいると、牧内が講話の途中で、「おい、浣腸をやってやれ」と冗談なのか僕に声を掛けることがあった。やらないこともありませんが、できる限り妙齢の女性に限ります、と僕はいなしていた。

実は、僕は府中の断食道場に入寮する前、大学時代にお茶の水にある断食施設で3日ほど断食をしたことがあった。そこは、ミルマグ(水酸化マグネシウム)を飲んで下痢をしてというやり方だった。

しかし、この白い液体は、まずくてとても飲めたものではなかった。そこに名古屋からわざわざ来ていた若い女性は、指示された通りまじめに飲んでいたが、僕は1日で音(ね)を上げてしまった。

断食や浣腸で腸壁の滞留便を排泄する(-_-;)

実際に、府中道場で行っていた断食療法について話そう。
通常の断食コースはおよそ2週間で、最初の3日が減食、中の1週間が本断食、残りが復食にあてられた。食事は基本的に無農薬野菜と玄米で、減食中は玄米のかゆからスープへと徐々に固形物が少なくなり、本断食中は水や玄米茶の飲用のみとなる。

本断食が明けると、少しずつ普通食へと戻るが、この復食の期間はできれば断食と同じくらいの日数をとったほうがよい。道場の談話室では、入寮生たちが集まっては、断食明けにマックを死ぬほど食い倒すとか、日本中のラーメン屋を九州から順番に梯子(はしご)してやるといった勇ましい話が飛び交っていた。

本断食明けに旺盛な食欲に負け、いきなり固形物を大量に摂ると腸ねん転を起こし、最悪の場合、死に至るケースもある。本断食中より、むしろ復食中の過ごし方のほうが注意を要する。そのため、復食中は胃に負担をかけないよう、最低でも30回以上噛むように指導した。ともあれ、断食明けは、玄米のとぎ汁のようなものですら、このうえなくおいしく感じるものだ。

本断食中や補食中に出る宿便は、石ころのようにコロコロしたものからカイチュウのようなおぞましい恰好をしたものまでさまざまだが、そうした腸内に長年滞留していたものが出ると気分も爽快だ。

ただ、断食中は、たびたび不快な症状に苦しめられる。当然だが、最初は猛烈な空腹感に襲われる。3日ほどで不思議とそれは薄れていくが、舌は白いコケがはえたようになり、息も臭くなり、体臭も強くなる。さらに頭痛に見舞われたり、長年持病を患っていた人はやけにその箇所が痛むといったこともある。

断食中に、七転八倒の苦しみを味わう人もいれば、割とスムーズに過ごせる人もいたりとさまざまである。断食で、それまで溜め込んだ毒が一気に吹き出す。これも業の深さなりかな、と僕は思ったものだ。断食が明けると、誰もがアクが抜けたようなさっぱりした顔相になる。

余談だが、道場に東京オリンピックで東洋の魔女と呼ばれたバレーボールのエースアタッカーの白井貴子さんが宿泊していたことがあった。腰痛を治すためと聞いていたが、足の長さが左右で5pほど違っていた。2週間ほどの断食コースを終えて、ベル・ジュバンスのパーマをかけて、帰りますと挨拶にきた時の晴れやかな顔が今でも忘れられない。

とにかく「排泄」を意識した生活を送る(-_-;)

牧内はハタヨガの呼吸法の指導でも、まず吐き出すこと、吐けばその後入ってくる、と「入れる」ことより「出す」ことの重要性をよく説いた。

ふだん私たちは、水から大気から食品から、知らず知らずのうちに、さまざまな有害物質を体内に取り込んでいる。それらは、たやすく体内に入るが、これを「排出」することについてはほとんど意識することがない。

体内に取り込まれた毒性物質は、その解毒(薬物代謝)で大量の活性酸素を発生させ、遺伝子損傷を招き、ガンの原因となる。積極的に排便や排尿、発汗を促し、毒性物質を溜め込まない、いかにして「排出」するかということに意識を置いた生活をすることが大切である。

近年、「腸は第2の脳」といわれたり、「腸管免疫の重要性」が指摘されるなど、腸内環境と健康の相関がよく説かれるようになった。「腸内浄化」という言葉には、単に腸内をキレイにするという意味だけではなく、腸内に棲む100種類、100兆匹といわれる腸内細菌のバランスを良好なものにするという意味合いもある。

アメリカ人は肉食過多で、腸内にウエルッシュ菌などの悪玉菌が繁殖しがちだ。そうしたことによる生活習慣病の発症や健康被害を防ぐために、乳酸菌のようなプロバイオティクス、あるいは腸内の有用菌を増やす餌となるプレバイオティクスを積極的に摂るなど、今や国民総出で腸内環境の改善に高い関心を寄せている。

現代人の食卓は、ほぼ加工食品で埋め尽くされ、腸内細菌を増やす食物繊維もほとんど摂れない。

玄米菜食はビフィズス菌や乳酸菌といった腸内の有用細菌を増やすことに役立つ。加工食品で欠落した微量元素の補給もできる。

ちなみに、環境ホルモンの一種、ダイオキシンは脂肪に溜まりやすく、母親が胎児に母乳を与えると、アレルギー児が生まれやすいという報告もあるが、米ぬかに含まれる食物繊維は、ダイオキシン排出の手助けをするという報告もある。

発汗を促し、老廃物を排出する(-_-;)

断食道場を出た後も、僕はヨガのインストラクターの仲間たちと成田山新勝寺で3日ほど断食を行ったりと、「排泄」を意識した生活を送っていた。

食品に含まれる水銀や鉛などの重金属も身体に溜め込んでいては毒である。そうした重金属は尿でも微量排泄されるが、やはり発汗を促してどんどん出すに限る。僕は、温泉やサウナで汗を流すのが好きで、それが高じて、当時、木造モルタルのアパートにサウナを入れていたことがある。

部屋は6畳の畳部屋で、そこに幅1.5メートル、高さ2メートルほどの木枠のがっしりとした遠赤外線サウナを置いていたのである。夜ごとそれに入り、ジワリと汗を流しては、近くの銭湯に駆け込むという、およそ世間の常識から遠くかけ離れた生活を送っていた。

半年もすると、そこは本の収納場へとみごとに変貌したが、さすがに、いくらなんでも衝動買いしたかなと後悔したものの後の祭りで、これを引越しで運ぶのがまた大変だった。

なんといっても、6畳の畳部屋に本格派重量級サウナである。引越し業者からは、この男は何か変わった嗜好の持ち主なのだろうかと、一瞥され、引越しもままならなかった。

部屋にサウナを入れる際、営業マン達は手馴れたものでさっさと運び入れたものだが、要領を得ない者たちがこれを搬出するとなると、まあ〜ひと苦労である。結局、2つにバラして部屋から出すことになったが、2回ほど、このサウナ2分割方式の引越しを断行し、そのたびに、引越し業者からは驚嘆と侮蔑の入り混じった視線を向けられ、イヤな汗を流したものだ。(-_-;)
やはり「排泄」というのは、生半可なことではないのである。