僕は三たび辞表を出したことがある

「私は、その男の写真を三葉、見たことがある」。太宰治の名著『人間失格』の有名な書き出しである。三葉は三枚の意味だが、この言葉を借りれば、「僕は、健康産業新聞社に三たび辞表を出したことがある」。

「Health Net Media/ヘルスネットメディア」代表:浜野夏企

とくに、人間性が破綻していたとか、会社から「人間失格」の烙印を押されたとかそういうことではない。「記者失格」といわれれば、当たらずとも遠からずではあるが。

業界紙というのはとにかく慌ただしくて、あまり言いたくはないが、記事のミスも多い。が、なにはともあれ正確な情報提供をしなければといつも僕は胆に銘じていた。

健康産業新聞社に入社したての頃、紙面の文字校正は上野の不忍池近くの製本所の小部屋で編集長と僕を含めた記者4人でやっていた。まだその頃はタブロイド版・モノクロ・縦書きのドロ臭い、これぞ業界紙の典型といった紙面だった。

後に健康産業新聞も垢抜けたカラー・タブロイド版になるが、まだモノクロの紙面だった頃の話である。

その頃、食品で何かしら身体に有益な役割を果たす成分を含んだものを「機能性食品」と呼ぶことが流行り始めていて、その特集で企業動向をまとめた。その中に、大手企業の大○本○糖が「鉄分入りのふりかけ」を機能性食品と銘打って売り出す、というものがあった。

その新聞が刷り上がり、企業に届いた頃、僕は大○本○糖を訪れた。すると、担当者が、けげんな顔で「おたくの会社は文学部出の優秀な方が多いんでしょう」と聞いてきた。なぜわざわざそんなことを聞くのかと面くらったが、そんなことは当たり前でしょ、「まあ、精鋭ぞろいですから」と鋭く切り返してやった。

それで、どんなすごい記事だったのかと社に帰って目を通すと、目に入ったのが、「大○本○糖が、鉄分入りのふりかけ、性食品として発売」。「機能性」の「機能」が抜けて、「性食品」となっていた。しかも鉄分入りである。

まあ、たいしたふりかけである。今なら、大量に買い占めて、あのバイアグラを超えた「EDふりかけ」とでも銘打ち、ヤフオクにでも出してやろうかと思う。

「誤植」はさらに続く。
ある時は、「保湿成分を含んだ化粧品」が「保温成分を含んだ化粧品」となっていた。しかも大見出しである。さぞや火照る化粧品であろう。冬場は頬回りが暖かくていいかも知れない。もちろん校正には僕も関わっているのだから、当時の編集長のせいだけにはできないが、4人がかりで目を凝らしてこのていたらくである。

後日聞いた話だと、以前に、「明○製○は遊んでいる」というあっぱれな誤植をやったこともあるらしい。どこをどう間違えばそういうことになるのか知らないが、担当者もできた人で、それを読み、「まあ、遊んでいるようなもんですから」といったとか。

僕が健康産業新聞社に最初の辞表を出したのはそれから半年ほど経った頃だったろうか。